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新JICA発足、目的と財源は不明確なまま

  • 吉田鈴香

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2008年10月7日(火)

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 10月1日、新たに独立行政法人国際協力機構(JICA)が発足した。これまでのJICAと、政府系金融機関である国際協力銀行の中の円借款部門(海外経済協力業務)とを統合してできた組織である。1989年からODA(政府開発援助)を含む国際協力の取材を始めた筆者にとっても、長年交流があった2社が統合するという事態には、感慨深いものがある。

 この20年間、国際協力と共にあった筆者だが、その間に筆者自身のODAを見る目や求めるものが、大いに変化してきた。前世紀(2000年頃)まで筆者は、国民の血税を原資にODAを行う限りは、現地における日本の存在感を最大化させるべきだ、と主張していた。

 実際に、発展途上国の政府機関の廊下を歩けば支援しているドナー国の国旗シールが張られていたり、道路工事をした跡地に石碑が建てられたりしていた。日本の支援に比べれば小規模であるにもかかわらず、こんなにも自己主張をしている、日本はもっと主張すべき…と感じていた。支援国たちは自国の存在感を示そうと、被援助国に無言の圧力をかけているようにさえ見えたからだ。

支援をリードする「人」と「非国益主義」

 ところが、筆者の専門分野の1つであるDDR(紛争終了後に兵士に対して行う武装解除、動員解除、社会復帰のプログラム)の多国間協議に日本代表として出席してみると、そこでは自国の国益論を振りかざす余地は皆無の、理論と現場ニーズにどう対応するかを競い合う「言葉の戦争」そのものだった。この「戦争」で勝者たりえるのは、雄弁さと、自国の優位性を潜ませた条件を主張するしたたかさを持つ「人間」であり、「国」ではなかった。国力とは経済力ではないのだと、痛烈に思った。

 もう1つの大きな転換点は、中国の台頭である。欧米に駐在するアフリカ諸国の代表団は中国礼賛を繰り返し、「ガバナンス」を尊ぶ先進国の声に耳を傾けようとしない、と嘆く声を耳にするようになった。先生のありがたい説教より、小遣いをくれるヤクザが好まれるのに似ている。

 実際に、筆者がアフリカやインドシナ半島、中米の国々に行っても、資源を持つ、持たないにかかわらず、中国人(華僑ではない)がいるのだった。地元の地場産業を壊滅するまでに安価な中国製品を投じ、環境も人権も無視する短期決戦型の資源略奪行為。それに抗って散発する暴動は、当該国政府に抑えられる。時には、スーダンで人民解放軍が防衛しつつ石油を掘らせていると、OECD加盟国(先進国30カ国で構成する経済と政治の枠組みを決める機構)の関係者は警戒心を募らせた。そして、相対取引のような「中国型援助」の対極にある、高い品格を共有し合う必要性を痛切に感じていた。今必要なのは、道徳と自由を尊ぶ民主主義の崇高さを顕示すること、中国とのコントラストを明確にすることなのだ。

 「人のふり見て我がふり直せ」とはこのことだった。振り返れば、visibility(目に見える存在感)にこだわった行動を取っていたのは、スペインやポルトガルなど外交能力も経済力も小さな国々だった。彼らは、ドナー国の中でも国益を優先するような立場だったのだ。議論をリードする英国などの先進国や、国際機関のドナーたちと協議を重ねるにつれ、「この援助をしてナンボのリターンがあるか」という国益主義と、「ODA予算を増額するためには国民の理解が必要」という論理の危険さを、思い知るに至ったのである。

 そんな筆者の万感をこめて、新JICAの現実と今後を考えていきたい。

コメント17件コメント/レビュー

途上国の社会開発分野(教育、保健、村落開発)のコンサルタントをしている者ですが、「もはや無償資金協力しかない。それもゆくゆくは、ガバナンスを見て、ガバナンスが良好と思われる国に対して使途を制限せずに資金を渡す方向に移るのが望ましい」という提言に共感します。じつは私達はJICAのコンサルタントとして、インドネシア、モロッコ、シエラレオネなどで、学校運営委員会や村落保健改善チームに対して「使い道を限定せず自由に使って良いブロックグラント」(年5−20万円規模)を供与して、地域住民自身の発案によるボトムアップ型の社会開発活動を支援しておりますが、これはまさに吉田さんの提言を実現している援助形態だと思います。私達のアプローチの根底にあるのは、途上国に足りないのは能力ではなく、その能力を活用する機会が欠けていることであるので、地域住民に自由に使える資金を供与することによって、彼らの能力を発揮してもらおうというアプローチです。しかし残念ながら、「このようなブロックグラント供与型の援助は技術協力というよりは資金協力なのでJICAにはなじまない」と多くの国際協力専門員やJICA職員から反発を受けております。JICAとJBIC統合がJICAのこれまでの技術協力偏重・資金協力アレルギーというマインドを少しでも変えていくことにつながればと願ってやみません。(2008/10/24)

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途上国の社会開発分野(教育、保健、村落開発)のコンサルタントをしている者ですが、「もはや無償資金協力しかない。それもゆくゆくは、ガバナンスを見て、ガバナンスが良好と思われる国に対して使途を制限せずに資金を渡す方向に移るのが望ましい」という提言に共感します。じつは私達はJICAのコンサルタントとして、インドネシア、モロッコ、シエラレオネなどで、学校運営委員会や村落保健改善チームに対して「使い道を限定せず自由に使って良いブロックグラント」(年5−20万円規模)を供与して、地域住民自身の発案によるボトムアップ型の社会開発活動を支援しておりますが、これはまさに吉田さんの提言を実現している援助形態だと思います。私達のアプローチの根底にあるのは、途上国に足りないのは能力ではなく、その能力を活用する機会が欠けていることであるので、地域住民に自由に使える資金を供与することによって、彼らの能力を発揮してもらおうというアプローチです。しかし残念ながら、「このようなブロックグラント供与型の援助は技術協力というよりは資金協力なのでJICAにはなじまない」と多くの国際協力専門員やJICA職員から反発を受けております。JICAとJBIC統合がJICAのこれまでの技術協力偏重・資金協力アレルギーというマインドを少しでも変えていくことにつながればと願ってやみません。(2008/10/24)

 「援助は国際的な生活保護」に大賛成です。資源確保や常任理事国入りのための外交活動はODAとは別の予算でやるべきです。また、JICAが「もっと小さなODA機関でよい」という点にも大賛成です。JICAが他省庁からの天下り人員の受け皿になるのでなく、本当の開発援助のプロが活躍する組織になるべきです。その一方で、人数が減ることで、現地の状況を十分理解せずに援助を行うようになるのは問題です。現地で調査する研究者あるいはエコノミストのような立場の職員数はもっと増えるべきです。 草の根無償のような少額の援助案件は、外交的な配慮で選択される可能性が十分にあり、単に開発的影響が小さいということに留まらない可能性があります。しかし、この点に関して現在のODA白書やその他の政府資料からは情報を得られないため、日本国民は日本政府が何を目的に草の根無償等の援助を選定しているのか分からず、しかも公正な評価もできません。せめて後発開発途上国向けのODA情報は、原則全て開示することが求められます。 「日本の文化と治安の良さ」には同意しつつも、それを開発援助の文脈で他の国々と比較して比較優位とするのは困難だと感じます。(2008/10/17)

「生活保護」ではなく(世界規模の)「所得再分配」でしょう。今後の記事に期待しつつ今回は「参考にならなかった」としました。(2008/10/15)

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