11月4日、米イリノイ州シカゴ、午後10時(シカゴ時間、日本時間午後1時)。民主党大統領候補、バラク.オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に決まった。当選を決めた夜、イリノイ州シカゴの中心グラントパークには10万人の支持者が集まり、オバマが登場すると歓喜の声をあげ、抱き合い、涙する姿があった。
ついに、初の黒人大統領の誕生――。
思い返せば1年前、オバマの勝利を予想する向きは少なかった。歴史の歯車が動き始めたのは、これから勝利宣言するイリノイ州の隣、アイオワ州だった。
今年1月、この地でオバマは劇的な勝利を飾った。わずか300日前のことである。
そして、史上まれに見る激戦がスタートした。全米を巻き込んだ選挙戦は、各地で多くのドラマを生み出し、そして再び中西部のシカゴで幕を閉じようとしている。
世界が注目した「300日戦争」。これから、彼の軌跡をたどっていく。そこに、オバマ勝利の真実が隠されている。米国の未来、世界の未来がそこから見えてくるかも知れない。
=敬称略(ニューヨーク 金田 信一郎、木瀬 武、加藤 靖子)
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【第1幕 女王の誤算】

2007年末アイオワの討論会会場周辺
2008年1月3日、アイオワ州。
日中も気温が氷点下のこの地は、これといった特徴もない穀倉地帯と言える。しかし、4年に1度の大統領選は、決まってこの地からスタートする。
寒さを避けるように、片手をポケットに突っ込んで、タクシーに乗り込む。行き先を告げると、20代の白人の運転手は、選挙取材だと知ってこう話し始めた。
「恥ずかしい話だけど、4年前はブッシュに投票してさ。でも、もうあんなヤツはうんざりだ。なんでウォール街だけが儲かるんだよ」
毎年冬の季節、米国では投資銀行の巨額のボーナスが話題に上る。新入社員で1000万円を超える、とも言われる金額は、庶民感覚とはかけ離れている。一方で、昨年末からの不動産価格の下落で、景気は明らかに下降曲線を描き始めていた。
男は体をひねってこちらを向き、眉をひそめた。
「オレは医療保険にも入れねえ。この違いは何なんだよ。経済がおかしいんだ」
その時、大きなうねりが米国を襲おうとしていることを感じた。
数カ月前、誰もが民主党はヒラリー・クリントンが予備選挙を圧勝して、大統領候補に選ばれると考えていた。事実、アイオワ州でも、ヒラリーの支持率はオバマを20ポイントもリードしていた。
ところが、12月中旬にアイオワで取材を始めると、ヒラリーの「楽勝ムード」が変化していることに気付いた。
オバマの選対本部は、ここに照準を合わせて活動してきた。「アイオワを取れば、一気に流れを作れる」。オバマは選挙前の1年間、アイオワ州で200回近い集会をこなした。そして、ボランティアを中心に、きめ細かく戸別訪問を繰り返す。学生など選挙に足を運ばない若年層に向けて、「選挙に参加しよう」と呼びかけ続けた。
12月中旬、ちょうど取材に入った頃、アイオワでにわかに効果が現れてきた。若者を中心に、オバマを推す声が広まっていたのだ。
「この難局を乗り切るには、どう考えたってオバマしかいないよ」
ジーパンにパーカーという格好の30代白人男性は、そう言い切った。インターネット時代、若者たちの支持はあっという間に通信回線を通して広まっていく。その流れは、勢いが衰えなかった。
「クリントンとの支持率の差が数ポイントに縮まっている」
この頃、主要メディアが、驚きをもってそう報じ始めた。

2007年末アイオワの討論会会場周辺。この頃は、ヒラリーの看板がオバマのそれを圧倒していた
ヒラリー陣営は、組織と資金の力で逃げ切りを図った。討論会場だった建物の周囲や駐車場に、ぎっしりと「Hillary」の看板を立てた。それを目の当たりにしたオバマ支援者は、ヒラリーの圧倒的な知名度と組織力を思い知らされることになる。
そして、決戦の日。開票が始まってオバマリードが伝えられても、オバマの支援者たちは、勝利を確信できない。だが、時間が経つにつれて驚きの声が広がっていく。そして、「当選確実」が出る。その時、演説会場は、興奮が収まらない支援者たちで溢れていた。
そこに、青いネクタイをしたオバマが登場する。会場は騒然となり、拍手と歓声が鳴り止まない。聴衆に手を振って静めようとするが、数分ほど経過してしまう。まだ騒然とする聴衆に向けて、オバマは静かに切り出した。

車に乗り込むオバマ
「こんな日は絶対に来ないと言われていた。彼らはこう言った。目標があまりにも高すぎる、と。だが、1月のこの夜、この瞬間、あり得ないと言われたことを、君たちはやってのけたんだ」
再び、割れんばかりの歓声が上がった。
勝てるはずがない――。そう思われていた。
1990年代、ヒラリーは、大統領だったビル・クリントンの「ファースト・レディー」として、早くもその政治手腕が注目された。その後、上院議員として政治経験を積み、「ブッシュ後」の最有力候補となった。
だが、一夜にして戦況は変わった。
最終的に、オバマはヒラリーに得票率で9ポイントという大差をつけて勝った。
全米が注目する中、オバマは名演説を打った。
企業優遇税制打ち切り、中間層の減税、イラク撤退、医療制度改革…。彼の基本政策はすべて簡潔に述べられていた。
演説の後半、オバマの話はハイライトを迎える。
「希望(HOPE)――。“希望”が私を、今日、この場に立たせている。ケニア出身の父と、カンザス出身の母の間に生まれた私のストーリーは、アメリカ合衆国でしか起こりえなかった」
あらゆる人々に希望を与える国家、アメリカ。それがオバマの存在の原点だった。アフリカ出身の優秀な学生だった父が、米国に渡り、その後ハーバード大学に学んだ。白人の母との出会いがあり、オバマが生を受けた。
すべては「希望」の大地から始まった。だが、いつしか米国から、その二文字が消えてしまった。
「米国の希望を取り戻す」
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