• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

(3)歴史の復讐 民族分断とテロの悲劇を越えて

ケニア、インドネシアに辿る次期大統領の足跡

2008年11月10日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

(1)「300日戦争~金融恐慌が後押しした劇的な勝利」から読む
(2)「シカゴ オバマを鍛えた貧民街」から読む


 オバマが勝利した夜、米国のテレビ局は、喜びに沸くケニアの様子を映し出していた。村に集まった人々が、カラフルな衣装を着て歌いながら踊っている。その中心にはテレビ受信機があり、まるでオバマを、守り神のごとく崇めているようにすら見えた。

 オバマの父、バラク・オバマ・シニアの出身地は、ケニア西部の貧しい村だった。そこから、超大国のトップが出現した。ケニア大統領のキバキは、国民の祝日にするとまで発表した。

 テレビのニュースは、狂喜するアフリカ人の姿を、何度も繰り返し伝えた。赤茶けた大地を踏みしめながら、人々は取り憑かれたように両手を挙げて、天を仰ぐように踊る…。

 その時、ニュースには映らない、彼らの日常が脳裏をかすめた。


2007年末から続いたケニアでの暴動© AFP/Tony Karumba

 昨年、ケニアのナイロビ郊外で見た光景は、新世紀アフリカの現実を語っていた。普段はあまりクルマが通らないのだろう、道の真ん中を歩いていた人々は、驚いて脇に逃げる。裸足で歩いている人もいる。

「ここは命が軽すぎる」

 後部座席で地元の人がそうつぶやいた。そして、こんな体験を話してくれた。

 亡くなった少年の体が道に横たわっていた。だが、誰も気にとめない。そこに、牛を引いた男が通りかかった。そして、死体を蹴り上げるように道の脇にどかしたという。牛が通りにくかったからだ。

「ここはね、死んだ者よりも牛の方が大事なんだ。人の遺体なんて食べるわけにもいかないし、何の役にも立たない」

 彼らは生きることの厳しい現実と向き合って、日々の生活を続けている。

 そして、昨年末、ついに最悪の事態が訪れる。ケニア大統領選で現職のキバキの再選が発表された。ところが、野党候補陣営は「不正があった」として暴動を起こした。背景には、民族対立があった。キバキはキクユ族の出身だが、対立候補の出身であるルオ族は日頃から腐敗政治を糾弾していた。そして、大統領選挙を機に、一気に不満が爆発した。

 この構図は、そのまま40年前に重なる。当時の大統領、ケニヤッタはキクユ族の出身で、オバマの父はルオ族だった。そして、政権のキクユ族優遇に怒ったルオ族が政党を設立すると、民族対立が先鋭化し、多くの血が流れた。警察権力を握るキクユ族は、ルオ族を力で弾圧していった。

 ところが、政府要職にあったオバマの父は、部族主義に反対した。そして、政府から追放される。不遇の日々を送り、酒に溺れ、46歳にして事故死する。

 民族の対立がもたらす悲劇――。

 オバマの国家融和の思想は、黒人と白人の間に生まれたという出自の問題にとどまらない。むしろ、根底には、ケニアの民族対立の狭間で、未来を奪われた父の無念がある。

 さらに、ケニアにはもう1つの苦悩がある。
 テロの標的――。

 それは、旧宗主国の英国、米国と緊密な関係にあることと無縁ではない。

 1998年、ナイロビの米国大使館が爆破された。9・11の後も、2002年にケニア東部のモンバサでイスラエル資本のホテルが攻撃にあっている。

 どちらも、米国への憎悪がもたらしていることは明らかだ。
 そして、ケニアは今でもテロの恐怖に怯えている。

 昨年、ナイロビの空港からタクシーで米系ホテルに向かった時のこと。ホテルの敷地に入ると、国境警備のような厳重な検問があった。数人がかりでクルマや乗員を徹底的にチェックする。

「なぜ、ケニアがテロの標的になるのか」

 そうしたやり場のない憤りがケニア国民の間に蔓延している。

 テロ組織にとって、民族対立など人々の溝が深く、社会に「憎悪」が蔓延している国こそ、活動に適しているに違いない。そして、政権が米国寄りであれば、米国にもダメージを与えることができる。

 結果的に、米国の強硬手段は、「親米国家」の国民の間にも「反米」の種をまき散らしている。

 人々が、差異を超えて、融和する社会の実現――。


オバマが少年時代を過ごしたインドネシアのジャカルタ

 実は、オバマには、その原体験がある。彼は6歳から10歳までの4年間をインドネシアで過ごしている。そこでオバマは何を見たのか。オバマの足跡を辿るため、今年7月、インドネシアを訪れた。

コメント7

「オバマ 勝利の真実」のバックナンバー

一覧

「(3)歴史の復讐 民族分断とテロの悲劇を越えて」の著者

金田 信一郎

金田 信一郎(かねだ・しんいちろう)

日経ビジネス編集委員

日経ビジネス記者、ニューヨーク特派員、日経ビジネス副編集長、日本経済新聞編集委員を経て、2017年より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

本音と建前が違うことが問題の温床になっている。

川野 幸夫 ヤオコー会長