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中国を感動の渦に巻き込んだ“母の愛”

母は拾った子供の難病治癒にすべてを捧げた

2009年1月30日(金)

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 浙江省台州市は省都・杭州市から東南に直線距離で約200キロメートル、車で3.5時間の沿海都市で、人口は約550万人。その台州市の新聞「台州晩報」(“晩報”=夕刊)は、2008年12月7日付で「台州を感動させた羅雪華が衣料品店を開業 娘に病気治療を受けさせるために商売を始める」という表題の記事を掲載した。

羅雪華と陸陸の実話をモデルとして製作され、2007年5月に封切られた映画「娘」(=母)のポスター

羅雪華と陸陸の実話をモデルとして製作され、2007年5月に封切られた映画「娘」(=母)のポスター

 羅雪華という名前はその娘の陸陸(発音:ルールー)とともに、台州市のみならず、中国中で知らぬ者がいないほどで、羅雪華は2005年に“浙江驕傲”(=浙江省の誇り)として「2005年度で最も影響力を持った人物」に、さらに「2005年に台州市を感動させた人物」に選ばれている。2007年には「母の日」に合わせる形で、羅雪華と陸陸の実話をモデルにした映画「娘」(中国語で「母」)が全国の映画館で上映され、中国中を感動の渦に巻き込んだのであった。

 映画化されるほどに感動を与えた実話とはどのようなものなのか。2006年1月4日付の台州晩報は「感動を呼ぶ血縁を超えた母の愛」と題する羅雪華と陸陸の物語を掲載したので、その内容を以下に紹介しよう。

天からの授かり物に思えた

 2001年、当時34歳であった羅雪華はかつて水晶工場に勤務していたが、リストラされて夫とともに台州市椒江区で食堂を営んでおり、商売は繁盛し収入も相当に良かった。4月のある朝、羅雪華はいつものように開店の準備をしようと店の扉を開けたところ、目の前に女の乳児が捨てられているではないか。乳児が着ている産着には書付が残されていて、そこには生後40日と書かれていた。

 乳児は痩せ細り、顔色は紫色を呈していたので、可哀想に思った羅雪華は乳児を抱き上げて屋内に運び込んだ。まだ子供に恵まれていなかった羅雪華には、この乳飲み子が天からの授かり物に思えたのだ。

 「この子を養子にして育てよう」、そう決断した羅雪華は乳児に“陸陸”と名づけた。

 それから間もなくして、羅雪華は陸陸が病弱であることから身体のどこかに異常があることに気づいた。何回か予防注射を打った後、陸陸は急激にやつれ、顔色が黄色になった。慌てて病院で検査してもらったところ、陸陸は血液中のヘモグロビンの量が一般の人の1/3程度しかないことが判明した。

 陸陸が生後5カ月になった頃、医師は羅雪華に「病名の特定はできないが、陸陸は血液の病気で重篤な状況にあり生命が危うい」と告げた。これを聞いた羅雪華は「治療費が幾らかかってもよいからこの子を救って」と医師に泣いて訴え、これに応じた医師が緊急措置を講じたことで、陸陸はどうにか生命の危機を回避することができたのだった。

世界中にたった10例しかない難病

 台州には血液疾患の専門医はおらず、羅雪華は陸陸を連れて遠く離れた上海まで出向いて某大病院で診察を受けた。この結果、陸陸の病気は「鉄芽球性貧血 (sideroblastic anemia)」であることが判明したのだった。陸陸の血中には普通の人の千倍近い鉛が含まれていて、体内で作られる血液は役に立たないため、輸血に頼るしか生命を維持することはできないというのだ。さらに陸陸はその他の合併症も罹患していた。

 医師が「陸陸の病気は極めて稀なもので、現在のところ世界中にたった10例しかなく、そのうち2例は治療に失敗している。現在中国で発見されているのは唯一陸陸の症例だけであり、治療した経験もない」と羅雪華に告げたのに対して、羅雪華は「治癒した例がある以上、私はこの子の病気が治らないということを信じない」と応じたのだった。

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「中国を感動の渦に巻き込んだ“母の愛”」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長