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世界王者、ジャーナリスト、
そして“弱者”だった男

「自由な心を持つことに困惑している全てのプエルトリコ同胞諸君よ。植民地精神を捨てよ!」

  • 林 壮一

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2009年2月4日(水)

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 200万人ものアメリカ市民が参列した第44代アメリカ合衆国大統領就任式の前日、ひとりのプエルトリカンがこの世を去った。

 生前、彼はオバマ新大統領について、こんな風に話していた。

「非常にスマートな男だね。ついに人種の壁が破られたんだなぁ。オバマの勝利は私にとっても大きな意味がある。合衆国は移民の国なのだから、様々な人種がお互いの良さを認め合って、いい国を作ってほしい。本当に期待しているよ」

 2009年1月19日の午前4時30分、ホセ・トーレスは自宅で心臓発作に見舞われた。長く糖尿病を患ってはいたものの、前夜までジャーナリストとして原稿を執筆しており、まさに突然の死だった。享年72。

 1956年のメルボルン五輪に星条旗を背負って出場し、銀メダルを獲得したトーレスだが、昨年11月4日の大統領本選挙には投票できなかった。理由は、彼がプエルトリコ島に住むプエルトリカンだからである。

 プエルトリカンは、全員がアメリカのパスポートを得ることができる。また、自身が支持する政党を選び、党代表者へ一票を投じる権利も持たされている。だが、最も肝心な大統領本選挙において、己の意思を示すことは許されない。

 1493年にコロンブスがプエルトリコ島に上陸した直後から、同島はスペインの植民地となった。400余年の歳月を経て、1898年に勃発したアメリカースペイン戦争以降、アメリカ領とされている。プエルトリカンとは、その歴史を他民族に延々と支配されて来た、哀しき種族なのだ。

 50州に住んでいるプエルトリカンには投票権があるため、トーレスは2004年の投票には足を運んだ。しかし、2006年10月30日に50年近く住んだニューヨークのマンションを引き払い、「老後は故郷でのんびり暮らすよ」とプエルトリコの南部、ポンセに戻っていた。

 メルボルン五輪に、ボクシングのアメリカ合衆国代表・ライトミドル級で出場し、決勝まで進んだトーレスは、翌年ニューヨークに移り住む。カス・ダマトという名伯楽の指導を受け、1965年3月30日に世界ライトヘビー級タイトルを奪取。3度の防衛に成功した。

「試合前にプエルトリコ国歌を吹奏してくれ」

写真、ホセ・トーレス

トーレスが住んでいたNYのマンションには、多くの写真が飾られていた。後ろの1枚は、師であるカス・ダマト(左端)と、ダマトが育てた3名の世界王者、フロイド・パターソン、マイク・タイソン、そしてホセ・トーレス。

 彼は合計6度、世界タイトルマッチのリングに上がったが、その度に「試合前にプエルトリコ国歌を吹奏してくれ」と懇願した。

 世界タイトルに挑戦した際の会場は、ニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンである。トーレスが挑んだチャンピオンの国籍はアメリカ。主催者側は「アメリカ国歌だけで十分だろう」と突っぱねたが、トーレスは「ならば、私はリングに上がらない」と強硬手段に出た。

 トーレスが世界タイトルを獲得した日は、合衆国におけるプロスポーツの舞台で、初めてプエルトリコ国歌が演奏された記念日にもなった。

 彼はアスリートとして類稀な才能を持ち合わせただけでなく、頭脳も明晰だった。世界王者でありながら、文筆テクニックを磨く。ノーマン・メイラーやピート・ハミルといった文豪からレクチャーを受け、現役時代から「ニューヨーク・ポスト」紙に連載コラムを持った。

 トーレスは如何なる時も、マイノリティー(社会的弱者)とされるプエルトリカンの視点で原稿を書いた。

「支配される人間の気持ちというのは、味わった者にしか理解できない。我が同胞が故郷を離れ、アメリカ本土に引っ越して来るのは、単純に食べていくためさ。でも、満足に英語も話せないのだから、いい仕事にありつける筈もない。

そんな彼らが倹約して、私を応援しようと試合会場に足を運んでくれる。私の戦いぶりに生きる希望を感じるなんて言ってくれる。だから、勝たねばならなかった」

 引退後は、「これからは、文章で同胞を勇気付けてみせる!」と精力的にタイプを打ち続けた。当時発表した作品のなかには、プエルトリカンに大統領本選の権利を認めろ、という原稿も含まれている。

 彼は語った。

本、『マイノリティーの拳』

林壮一著、新潮社

 著者、林壮一が1996年の渡米後、10年を費やして書き上げた渾身の一冊。4人の元世界チャンピオンに密着し、彼らの光と闇を描いた。第1章にホセ・トーレスが登場する。
 男たちのもがき、マイノリティーならではの苦しみ、そして著者の人生も詰まっている。ボクシングに興味のないあなたにも人生を考えさせる骨太ノンフィクション。

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