• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

農業が現金を生まなければ、農地は死滅する

変化する農村コミュニティー(2)

  • 吉田鈴香

バックナンバー

2009年2月16日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 前回の記事で、「中山間農業地域には、これ以上行政コストをかけ続けることは不可能」と書いた。この地域への農水省による直接支払い制度は、行政の効率的運営方針に逆らい、矛盾している。中山間地域でまばらに住む住民がまとまって住み、農地は集団管理する方法はいかがか、と提案した。

 読者の皆様から頂いたコメントには、反対のご意見もあった。その気持ちはよく分かる。日本人の心の原風景は、“山河”にあるのだ。その原風景から人を追い出し、藁葺きの家を朽ち果てるままにせよと提案していると、解釈されたのかもしれない。

 しかし、すでに「限界集落」の言葉が示すように、日本の中山間農業地域の中でも、2007年8月の時点で消滅が予想されている集落が2643あるのだ。

行政村=United Village of 自然村の悲劇

 日本の農村の悲劇は、自然村と行政村がいまだに一致していないことに端を発する。

 自然村は「集落」と言い換えることができる。自然に人々が集まり、集団を形成してできたものである。人々の心のよりどころは、この自然村にこそある。

 しかし行政の単位は、行政の都合によって集落をいくつか寄せ集めた「United Village of 自然村」だ。その「United Village of 自然村」の領域は、明治、昭和、平成の大合併と相次いだ結果、非常に拡大した。しかし相変わらず、人々のまとまりは集落、つまり自然村にあり、大合併後の市の予算も、集落単位で落とされる。集落が集落としてそのままある限り、その事態は変わらない。

 すると、集落単位での予算の奪い合いが始まる。各集落がそれぞれに、「道路が欲しい」「水路が欲しい」「バス路線を維持してほしい」「デイケアセンターを開設してほしい」と自治体に陳情の列を成す。それが、平成の今でも延々と続いているのが現状である。

 数だけは、「人口13万人都市の誕生」などと言っても、実際は集落を積み上げただけのこと。人々の意識も予算配分も、集落単位でまとまっていることに変わりはない。

 それでも子供の数が多く税収の自然増があった時代は、裨益(ひえき)率が高かったので、集落単位で同じようなインフラを整え、教育設備を整えてきた。ところが、ここ20年は人口減が続き、地方交付金も減少、自然な国家税収減と、1人当たりの行政コストは上がる一方だ。継承者がいない地域では、砂に水をまくようなむなしさがあることだろう。
 
 特に辺鄙な土地にある集落には、同じ市内(行政村)でも訪れたことがない人が随分いるかもしれない。

 最大の問題は、集落の住民の要求を叶えているうちに、それまで堅固にあった集落の機能が落ち始めたことである。

 ここでいう集落の機能とは、下記である。
(1)資源管理機能
 農林地や地域固有の景観、文化などの地域資源を維持管理する機能
(2)生産補完機能
 農林漁業など、地域の生産活動を地域住民が相補扶助によって補完し合いながら、生産活動の維持と向上を図る機能。草刈り、道普請など
(3)生活扶助機能
 社会的統一性を持った共同体の中の生活、コミュニティーが円滑に行われるために、地域住民同士が相互に扶助し合いながら生活の維持と向上を図る機能。冠婚葬祭など

 国土交通省は「これら3つは相互に関連しているから、いずれかの機能が低下しても集落全体の維持が困難になる。そして集落の衰退へと繋がってしまうと考えられる」と平成12年度の調査書で述べている。

 

コメント14件コメント/レビュー

中山間地域と農業の実体をあまりにも知らなすぎる論評が出ること自体が、輪をかけて日本の農業を誤解したものにしている。限界集落に住む農業者が医療サービスを受けられないことは深刻であるが、住民のほとんどは、管につながれて病院で屍化しながら生きようとは思っていない。ある日突然、脳内出血で死んだとすれば天寿を全うしたと喜びさえするであろう。筆者が言う(1)資源管理機能、(2)生産補完機能、(3)生活扶助機能といったものがなくなって、実生活に支障があるかと言えば、「ない」とほとんどの人が答えるだろう。食の自給率など知ったことか、困るのは消費者であって、自分たちは充分満足できる低農薬、有機栽培野菜、安全な山菜、ヤマメ、イワナを採取することを楽しみ、食べている。農業後継者が居ないことは消費者にとって重要であっても、現状の住人にとっては生死に関わる重要な案件ではない。少なくとも年寄り同士相互扶助しながら楽しく生きているのである。集約農業、農地の集約化、農業経営の株式会社化、行政村構想などは、農業の実態を知らないものが言う机上の空論である。「道路が欲しい」「水路が欲しい」「バス路線を維持してほしい」「デイケアセンターを開設してほしい」という要望は、土木建築業界が言っていることで、住民が望んでいるわけではないのである。(2009/02/17)

「吉田鈴香の「世界の中のニッポン」」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

中山間地域と農業の実体をあまりにも知らなすぎる論評が出ること自体が、輪をかけて日本の農業を誤解したものにしている。限界集落に住む農業者が医療サービスを受けられないことは深刻であるが、住民のほとんどは、管につながれて病院で屍化しながら生きようとは思っていない。ある日突然、脳内出血で死んだとすれば天寿を全うしたと喜びさえするであろう。筆者が言う(1)資源管理機能、(2)生産補完機能、(3)生活扶助機能といったものがなくなって、実生活に支障があるかと言えば、「ない」とほとんどの人が答えるだろう。食の自給率など知ったことか、困るのは消費者であって、自分たちは充分満足できる低農薬、有機栽培野菜、安全な山菜、ヤマメ、イワナを採取することを楽しみ、食べている。農業後継者が居ないことは消費者にとって重要であっても、現状の住人にとっては生死に関わる重要な案件ではない。少なくとも年寄り同士相互扶助しながら楽しく生きているのである。集約農業、農地の集約化、農業経営の株式会社化、行政村構想などは、農業の実態を知らないものが言う机上の空論である。「道路が欲しい」「水路が欲しい」「バス路線を維持してほしい」「デイケアセンターを開設してほしい」という要望は、土木建築業界が言っていることで、住民が望んでいるわけではないのである。(2009/02/17)

私の北海道の田舎は野菜生産が中心で、このコラムに書かれているような地域よりは恵まれているようであったが、調べてみると「農林統計上の中山間地域」に該当していた。農地への通勤スタイルは可能であればそうする人もいるだろう。実際、雪で農業のできない冬期に市街地に移住する方は時々いる。しかし、農期ではどうか。隣町で昨年、一晩にして大量の農作物が盗難に遭うという事件が発生した。手際の良さと量の多さから“素人”の仕業ではないことは見当がつくだろう。警察も追う事は出来ない。田畑から離れて住めばどうなるか、想像に難くない。私の田舎より小さな町では果物を生産して、収入面では恵まれているようだ。一方で大きな町でも、立派に見える米農家では「息子に継がせられない」というほど収入が減っている。いわゆるハネものが現金化しにくい流通の仕組みや、国やJAの買い上げ価格なども関係あるのだろう(残念ながらこれについては詳しくない)。このコラムで農業を取り扱って頂き感謝している。ぜひもっと深く掘り下げて頂きたい。(2009/02/17)

農家のせがれでしたが、今はもうあきらめています。読みましたが、よくわかりませんでした。いったいどう現金収入をえていくのでしょうか?サラリーマンより現金収入がある農家ってあるのでしょうか?例えば夫と妻と2人で働けば年収1000万円はいくでしょう、もし公務員か教員でしたら2人で年収1500万ぐらいは行くのでは。もちろん都会に出て一流企業に勤めれば1人でも年収1000万円は超えるでしょうし、それを考えたら農業で現金収入を生むのは気が遠くなるほどの努力が必要では?(2009/02/16)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

(マンションの即日完売という)異常な状況が、普通のところに戻ってきたのです。

沓掛 英二 野村不動産ホールディングス社長