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旧正月が明けたら、また出稼ぎに来ますか?

「世界の工場」を襲った金融危機に翻弄される農民工たち

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2009年2月16日(月)

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経済観察報記者 / 魏黎明

春節(旧暦の正月)前の1月23日午後、列車に15時間とバスに7時間も揺られ続けて、黎虹良(リー・ホンリャン)はようやく実家の門前にたどり着いた。彼の心はあまり弾んでいなかった。このチワン族(中国の少数民族の1つ)の青年は、昨年はろくに稼げなかったからだ。

 黎は小柄で、黒ずんだ顔に柔らかそうなヒゲを生やしている。これまでヒゲの手入れをしたことはなさそうだ。まだ18歳なのに、既に3年の出稼ぎ経験があり、広東省の東莞市や深セン市の工場を10カ所以上も渡り歩いてきた。

 2006年、黎は広西チワン族自治区の電気機械中等専門学校を1年で中退し、叔父と一緒に東莞市の電子機器工場で働くことにした。叔父が工場の現場主任を務めており、両親は15歳の息子が異郷の地でも面倒を見てもらえると期待していた。

 「オイラの故郷では、同年代で進学していない者はみんな広東省に来ているよ」。そう話す黎は、学校を中退したら出稼ぎに出るのが当然だと思っている。故郷では、中学を卒業後も教育を受け続ける子供はそれほど多くないという。

劣悪な待遇に我慢できず、職場を転々

 初めての出稼ぎの経験は、今でも忘れられない。働きづめで疲労困憊の日々だった。重労働なのに賃金はものすごく安い。3カ月の試用期間では、1カ月目は1000元(約1万3000円)、2カ月目も1100元(約1万4300円)しかもらえなかった。

 工場の規則はあまりにも厳しく、些細なミスでも罰金を取られた。例えば、退勤時にタイムカードを押すのが少し遅れただけで罰金30元(約390円)、社員証を胸に付け忘れても罰金30元。彼や同僚の罰金は毎月100元(約1300円)前後に達した。

 黎は我慢できなくなり、工場を辞めることにした。もっといい職場があるはずだと思ったからだ。「東莞の工場はどこだって同じ」と悟ったのは、後の話である。

 一時期はホテルの従業員として働いたが、安過ぎる給料が不満で、また別の工場に転職した。ところが、春節前まで働き続けたにもかかわらず、最後の数カ月間は賃金が支払われなかった。「工場を売却し、未払いの賃金は新しい経営者が支払う」。香港人の経営者は突然そう言い渡した。これを聞いた数百人の従業員は激怒し、経営者を工場内に二日二晩監禁する事態に至った。この騒ぎは地元の労働局が介入してようやく収まった。

 2007年の春節を黎は東莞のネットカフェで過ごし、休み明けに深セン市の宝安区にやってきた。同郷出身者によれば、宝安の工場では賃金が不当に低く抑えられることはなく、支払いの遅れもなく、非人間的な規則もそれほど多くないという話だった。

 ところが、黎は(前の工場での)数カ月分の賃金をまとめて受け取った後、すぐに働く気が起きなかった。それまでは、中学校に通う妹の養育費の足しにしてもらおうと、両親に時々仕送りしていた。宝安では同郷出身者と一緒にアパートを借り、週末に時々外食したり、ネットカフェで過ごして散財してしまった。

 オンラインゲームが大好きで、もちろん「QQ(中国で人気のインスタントメッセージソフト)」でチャットもする。友人たちとの日頃のコミュニケーションは、ネットカフェでのチャットが頼りだった。黎は宝安が気に入っていた。ここではネットカフェの利用料が1時間2元(約26円)だが、東莞では3元(約39円)もしていたからだ。

1年前の旧正月は、稼ぎを手に胸を張って帰省

 こうして手持ちのお金を使い果たした黎は、5月から再び工場で働かざるを得なくなった。次の職場は、電子機器の受託製造サービス(EMS)で中国最大手の富士康(フォックスコン)である。当時はまだ17歳だったが、富士康の工場では16歳半から採用しており、年齢制限に引っかからずに済んだ。

 この頃の職探しはまだ売り手市場だった。工場は生産に追われており、黎のような出稼ぎ労働者はお金を稼ぎたければ残業すればよかった。富士康でも残業が日常茶飯事で、毎日の労働時間は11時間前後。疲れはしたが、稼ぎもよかった。工場では年末にかけて仕事が増える一方で、黎は月収2000元(約2万6000円)を数カ月連続で手にした。

 そのおかげで、2008年の春節前までに3000元(約3万9000円)以上を貯金することができた。そこで、旧正月は富士康を辞めて故郷で迎えることにした。実家は広西自治区の最西端にあり、雲南省と境を接している地元でも有名な貧困地域である。

 高い山々が数多くそびえる山間部で、両親は毎年水稲を栽培するほか、山の方の畑ではトウモロコシも植えている。自給自足分を除いた収穫物を売っても、売り上げは年間2000元にしかならない。コストを差し引けば、手元にはいくらも残らない。出稼ぎでたっぷり稼いだ黎は、故郷での旧正月を自分が一人前になった気分で過ごした。

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