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殺人多発地帯、WATTSをゆく【前編】

黒人大統領の登場は底辺を変えるか

  • 林 壮一

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2009年3月5日(木)

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 全米有数の危険地帯と呼ばれるカリフォルニア州ロスアンゼルスの「WATTS」。2.6平方キロメートル内に3万2000人強が住むこのエリアは、人口比率のおよそ6割がヒスパニック、4割弱がブラックだ。

 この一年間に発生した殺人事件の数は72。全米平均値の実に394倍である。レイプ事件は107倍、強盗事件に至っては551倍もの数字を記録する。

 1965年8月11日に起こった暴動の折には、600のビルが破壊され、34人が死亡し、1000人以上が重軽傷を負った。死亡した34名のうち、25名が黒人である。

 1992年4月29日から3日間続いた暴動の際には、55名が命を落とし、2300名の負傷者が出た。そして、1100のビルディングが壊された。1965年も1992年も、暴動の引き金となったのは、白人警察官の差別にカラード(有色人種)の怒りが爆発したからだと伝えられている。

 アメリカ合衆国におよそ13年住み、社会的弱者をテーマに原稿を書いている私が、どうしても足を踏み入れられなかった場所がWATTSだ。

 「WATTSに行ってみようと思う」と口にするや否や、周囲のアメリカンたちから、絶対にやめておけ! と釘を刺された。

「何をバカな事を言っているんだ。お前、死にたいのか?」
「しょっちゅう殺人事件が起きる場所だぞ。黄色い肌のお前が、涼しい顔で車を走らせてみろ、襲われて身ぐるみ剥がされるに決まっている」
「本当に死ぬぞ。あそこの住民は、生きるためなら簡単に人を殺すんだから」

 そんな調子で、呆れられたものだ。

 とはいえ、黒人の大統領が生まれる時代がやって来たのだ。友人たちの忠告は有難かったが、WATTSを訪れることにした。貧しい住民たちのために、食事を用意し、職を斡旋する組織が細々ながら活動しているとの話を耳にし、その団体にも興味を覚えた。

いざ、WATTSへ

 ロスアンゼルス国際空港からレンタカーのハンドルを握り、ハイウェイ105を7マイル弱、東に進む。セントラル・アベニューで高速を降りると、WATTSの地名が書かれた小さな看板が目に留まった。

 セントラル・アベニューは、1992年に公開された映画「サウス・セントラル」にも登場する。この作品はWATTSの黒人社会、及びギャングの実態を描いた話題作だ。

 私が訪ねた2月1週目の週末は、雨が降ったり止んだりの空模様だったが、至るところでホームレスを見掛けた。どんよりとした灰色の空と、街の様子が似合っているように感じられる。

「ここまで言い聞かせてもWATTSに行くと言うのなら、一言だけアドバイスしておく。車を路肩に止めて、写真撮影するのは絶対にやめろ。あそこは、お前がこれまで歩いてきたアメリカとは、違うんだ!」

 友の注意が思い出されたので、彼のアドバイスを守ることにした。
 セントラル・アベニューを3分ほど北にドライブすると、右手に電光掲示板が現れる。

WATTSの地名が書かれた小さな看板

 「The Center WLCAC」と記されている。WLCACは、WATTS LABOR COMMUNITY ACTION COMMITTEEの頭文字である。〈WATTS地域向上のための労働、及び活動を支援する組織〉とでも訳せば適当だろうか。

 敷地内に入ると、雨に濡れた銅像が目に付いた。「MOTHER OF HUMANITY(慈悲の母)」と刻まれている。WLCACセンターが建つこの場所には、1992年の暴動が起こるまで、家具屋や玩具屋が並んでいたそうだ。

 焼き討ちされ、跡形もなくなった荒地をWLCACが使用するようになった1994年、当時の代表者の希望によって平和のシンボルが築かれた。それが〈慈悲の母〉である。

 銅像は、地球を踏みつけるように佇んでいた。地球全体が、愛に溢れることを製作者は祈ったそうだが、精巧な造りとは呼べず、どこか不恰好だ。そんな〈慈悲の母〉は、WATTSの現状を照らし出しているかのようだった。

「ポケットいっぱいの涙」

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの棺
かつて黒人奴隷たちが填められた鎖
WATTS暴動時のパネル

 WLCACの代表を待つ間に、ビルの裏手に築かれた博物館を覗かせてもらう。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの写真や、彼の教会を復元した物、棺、そして、かつて黒人奴隷たちが填められた鎖やWATTS暴動時のパネル等が展示されている。

「月に平均で、どのくらいの人が訪れるの?」

 博物館の鍵を開けてくれたラッパー風の若者に訊ねてみると、彼は答えた。

「そうだなぁ。200人は来ると思う。先月も、大学生が授業の1コマとしてバスでやってきたよ。いい資料になっているよね」

 20代後半に見えるラッパー姿の彼に、写真を撮らせてくれと頼むと、若者は即座に拒否した。

「昔、オレはギャングだったんだ。囚人服を着ていた時期もあるからさ」

 と、ポツリと話した。190センチはあろうかという長身に黒い肌。腕に幾つものタトゥーが入っている。

コメント4件コメント/レビュー

海外からのルポは資料を見ただけや聞きかじりの噂を基に書かれた文が多い中、林さんは危険も顧みず信念を持って現地に足を踏み入れ、生々しいレポートをされています。なかなか出来ることではないと思います。ますます林さんに期待しています。ご健康だけは気を付けてください。(2009/03/06)

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

海外からのルポは資料を見ただけや聞きかじりの噂を基に書かれた文が多い中、林さんは危険も顧みず信念を持って現地に足を踏み入れ、生々しいレポートをされています。なかなか出来ることではないと思います。ますます林さんに期待しています。ご健康だけは気を付けてください。(2009/03/06)

まさか日経でMenace II Societyの字を見るとは思わなかったから、びっくりしました。日本で公開されたことも知りませんでした。チャンスの閉ざされた世界を生きなきゃいけない現実を描いた映画は、どんなホラー映画より怖いです。古きよきアメリカ、なんて言葉はありえないんだと実感します。(2009/03/05)

こういうリアルな声が一番心と頭に響きます。ぜひ次回もよろしくお願いします。(2009/03/05)

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三品 和広 神戸大学教授