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「勝つだけでは、拳だけでは、搾取から逃れられなかった」

元世界3階級王者アイラン・バークレー、貧しさの中からの言葉【前編】

  • 林 壮一

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2009年3月19日(木)

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 4カ月ぶりに訪れたニューヨークは雪景色だった。私が到着した前日は25センチも積もったそうだ。

マンハッタンの西側、イースト・リバーに掛かる橋。美しい眺めだが、そこに住む人々の暮らしは・・・

マンハッタンの東側、イースト・リバーに掛かる橋。美しい眺めだが、そこに住む人々の暮らしは・・・

「とてもじゃないが昨日は運転できなかったよ。だから商売にならなかった」

 ラガーディア空港からホテルまでの移動に利用したタクシーの運転手は言った。24年前にインドから移住したという彼に、翌日からの取材場所であるサウスブロンクスについて訊いてみる。

「相当、危ないエリアだよ。特に夜は行きたくないねぇ」
「相変わらず、ゲットー(貧民窟)なの?」
「場所にもよりけりだな。かなり街が整備されはした。でも、年間に450人とか500人がガンで撃たれるような地域だよ」
「ギャングの抗争?」
「そうだね。あとはドラッグ絡みかな」

 明日、そこに行くのだと告げると、初老の男はハンドルを握り締めたまま、驚いたような顔で振り返った。

「気を付けなよ。あんた、まだ若いんだろう。そうそう、明日も雨に混ざって雪が降るらしいよ。かなり冷え込むってさ」 

「貧民」として生きている、オバマと同世代の世界王者

 運転手が話した通り、3月3日のニューヨークは摂氏マイナス11度を記録した。

 マンハッタンのやや南、マジソン・スクエア・ガーデンの当面に建つ、ホテル・ペンシルヴェニア。約束時間である午前10時を20数分回ったところで、彼は現れた。

 再会の握手を交わし、私の傍らに立っていたTBSのディレクターを紹介する。2人が挨拶する様子を目にしながら、「本当に、彼が日本のニュース番組に出演するのだな」と、胸の高まりを覚えた。

 TBS報道部に勤務するディレクターから連絡を受けたのは、2月中旬だった。「オバマ政権スタートから50日」という視点で、アメリカ・ロケを検討中だという。私の著作を気に入って下さったとのことであった。

 何度か電話でやり取りし、ニューヨーク、サウスブロンクスに住むボクシングの元世界王者を取り上げることになった。

育ったアパートの前に立つバークレー

育ったアパートの前に立つバークレー

 元チャンプの名はアイラン・バークレー(48歳)。世界タイトル3階級を制したかつての強豪だが、日本人で彼を知っているのはコアなボクシングファンくらいであろう。

 1961年8月4日生まれのバラク・オバマと、1960年5月9日生まれのバークレーは同世代と呼んでいい。バークレーはオバマと同じ黒人であり、有色人種初のアメリカ合衆国大統領の誕生に快哉を叫んだ一人である。ブラックが住みやすい国になることを祈って、彼自身もオバマに一票を投じた。

 バークレーと私の付き合いは、かれこれ12年になる。1996年8月に渡米してから、私は100人以上のトップボクサーやトレーナーへのインタビューを重ねたが、バークレーは「どうしても書きたい」「書かねばならない」と感じさせた男であった。

 世界王座に3度も就いたというのに、バークレーは〈貧民層〉として生活している。低所得者レベルではなく、紛れもない〈貧民〉である。

 チャンピオン時代に一度は抜け出した筈の黒人貧民窟で、彼は足掻くように生きていた。過去に私はバークレーの住まいを2度訪問したが、3つのベッドルームに対して、たった一つの裸電球を使い回さねばならない暮らしぶりだった。所持金が3ドルだった事もある。

「確かにオレはベルトを巻いた。でも、カネは無い。チャンピオンといったって、奴隷契約を強いられたんだからよ。栄光なんかじゃない。勿論、名声もない。“奴隷”として使われただけだ」

 出会った頃の彼は、キャリアの晩年を迎えていた。もう全盛期の動きはできないのに、糊口を凌ぐためにリングに上がった。そしてヤングファイターの<噛ませ犬>として、連敗した。

 他者に利用され、翻弄され、老いさらばえていくバークレーの心の叫びを、私はどうしても書き留めねばと感じた。

「通話料の滞納で、携帯電話が止められてしまう」

 TBS「NEWS23」のディレクターは、バークレーを含めた4名の世界王者を描いた拙著を読み、映像にしたいと言ったのだ。

 バークレーに彼の申し出を伝えると、「願ってもない」と答えた。その際、彼は語った。

「多少はカネになるかな?」

 私は、きっとなるだろうと応じた。もし、TBSから彼に対して謝礼的なモノが発生しない場合は、私のギャラから幾許か払おうと思った。

 3月3日、午前10時30分。ホテル・ペンシルヴェニアの中にあるレストランに入り、バークレー、ディレクター、私の3人で遅い朝食を摂り始めると、元チャンピオンは私に携帯電話を見せながら話した。

「通話料を滞納していて、今日中に300ドル払わないと止められてしまうんだ」

 この日我々は、まずバークレーの住むアパートで撮影するスケジュールを立てていた。
「ならば、行きがけに支払いを済ませよう」

携帯電話の通話料滞納分を支払う

携帯電話の通話料滞納分を支払う

 と、私は答えた。

「そんなカネ、持っていない」

 とこぼすバークレーに、自分が払うから心配しないでいいと言うしかなかった。

 だが、未払いの携帯電話使用料は300ドルを支払っても、まだ156ドル91セント足りなかった。 そのうち止められてしまうのだろうと感じながら、バークレーがATM機に入金する様を眺める。

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