1949年生まれのシンガーソング・ライター、ブルース・スプリングスティーン。彼は“ハートランド・ロック”というジャンルを確立した人物として知られる。
ニュージャージー州ロングビーチに誕生したスプリングスティーンは、幼少時よりローマン・カトリックの教育を受けた。だが、周囲としょっちゅう揉め事を起こし、公立高校への転校を余儀なくされる。
ほどなく彼はストリートファイターとして名を馳せ、ドラッグに溺れるようになる。といっても、悪の道に染まった訳ではなく、音楽の才能に恵まれていたスプリングスティーンは、歌うことを生業とした。1984年に発売されたアルバム、「Born in the U.S.A」は1500万枚を売り上げ、トップアーティストの仲間入りを果たす。
スプリングスティーンは、アメリカ社会に対する怒りや嘆きを歌にした。白人でありながら、弱者の立ち位置でメッセージを込めた歌詞を書いた。そのひとつに「Youngstown」という曲がある。オハイオ州の小都市の名だ。かつては鉄鋼の街として栄えたが、ゴーストタウン化するヤングスタウンを、スプリングスティーンは歌ったのだ。
北海道夕張市の経済破綻は記憶に新しいが、炭鉱が閉鎖されることによって、人口が激減し、街が寂れていくストーリーは日本でもよく耳にする。
残された人々が、どのように生きているかを見てみたいと思った。かつては一日に700トンもの鉄が産み出され、第二次世界大戦中は爆弾や戦車が造られていた場所。
スプリングスティーンの歌声を聞きながら、私はヤングスタウンを目指した。
人影が消え、出会うのはパトカーばかり
オハイオ州で2番目に大きな都市、クリーブランド(2000年のデータで、人口225万人)の国際空港から南東に71マイル。しんしんと雪が降るなか、1時間半レンタカーを走らせる。
ルート680も、ルート80も、オハイオ州の北東を走る高速道路は、信じられないほど交通量が少ない。この距離のドライブとなると渋滞が気になるが、そんな心配はまったくいらなかった。
約90分の運転中、何度もフロントガラスが曇った。それでも私は、時速120キロペースで車を運転した。雪の影響なのか、高速の路肩に停められた車を何台か見掛ける。
呟くように始まって、すぐに力強く叫ぶように歌うスプリングスティーンの声と、雪でドライブし難い前方の風景が、妙に合っているように感じた。



正午過ぎに到着したヤングスタウンの気温は、摂氏マイナス7度。レンタカーの扉を開けた途端、身体の芯まで冷える風に包まれる。
裁判所やシティー・ホールが立ち並ぶダウンタウンに向かうが、驚くほどに人影が見られない。現在の人口は8万1000人強。鉄鋼の街として潤った1930年代には、17万人が住んでいたが、溶鉱炉、製鉄所、鉄工所が相次いで閉鎖され、住民が離れていった。
ヤングスタウンには州立大学があり、およそ1万3700人の学生が通っている。ダウンタウンから大学までは車で10分と掛からない。それでいながら、これほど人の姿を見ないとは・・・。
ダウンタウンから大学に向かう道も、幾つか生活感のある家々を目にするのだが、学生の下宿といった様子で街全体が静まり返っている。また、廃墟となった建物も多かった。
●ヤングスタウン州立大学には浮浪者が住み着いており、女子学生の親は、娘が同大学に通うことを危惧している。
●2007年、ヤングスタウン州立大学では5台の車が盗まれた。
●暴行事件に巻き込まれる学生が後を絶たない。
当地に赴く前に読んだ地元紙には、そんな言葉が踊っていた。治安を改善するためなのか、3分に1度はパトカーと擦れ違う。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。










