8月30日の選挙まで、あと1月となった。自民党が劣勢である。しかし40日間もある選挙戦の間、有権者は次第に冷静さを取り戻していく。前回の郵政選挙とは違って論点がないが、ムードではなく「どちらの党が“まっとう”か」と、国民は考える。
ここに、自民党が大逆転する可能性を感じる。民主党が1つにまとめきれない論点を、自民党が選挙の争点にする大勝負に出てくるとするなら、それは安全保障をめぐる「近代の歴史観」だ。
安全保障を国民に問う
筆者がなぜ本シリーズを「ガラガラポン」と名づけたかといえば、自民党も民主党も一気呵成にこの“冷戦体制”を終焉させ、構造的な変革を遂げてほしい、という期待を込めたのである。
これまで述べてきた通り、自民党は構造的な疲弊を来たし、解党と出直しを迫られている。旧態依然の党則も、国民を受益者として捉えたマニフェストも、「参加型民主主義」の概念のなさも、一言で言えば、いまだに冷戦体制を引きずっている証左だ。民主党も同様だ。これらに終焉を告げることが、今選挙における真の意義である。
“冷戦”からの脱却を成し遂げるには、安全保障の構造と意味を国民に問い、刷新しなければいけない。有権者にも政党にも胸に刺さる選択であるが、筆者は次のことを論点として挙げたい。
まず、冷戦時代の産物の1つ、非核三原則の是非について。
「非核三原則」は1967年12月に時の首相佐藤栄作が国会答弁で述べ、その後日本の独自方針として保たれてきた。しかしながら、現実には米軍は核を持ち込んでいたし、日米の外交交渉においてはいざという時には使ってもよいという暗黙の了解があったと、先日も元外務次官の発言があったばかりである(日本経済新聞6月30日)。このことを自民党の国会議員は見て見ぬふり、仕方がないと了解してきた。
それは致し方なかった部分がある。もし「持込がある」「核を使う可能性がある」と政府が認めた場合、国内の原爆被害者からの反発はもちろん、北東アジアの核拡大を招いただろう。日本政府は経済成長よりも軍費に国家歳出を投じたかもしれない。
しかし、冷戦も終了して20年近く経つ今、非核三原則の嘘を明らかにし、認める必要があるのではないか。北朝鮮の虚実取り混ぜた“脅威”に、断固として「日本にも核があるぞ」と、竹光ではなく真剣の存在を明らかにすることで、北朝鮮の口をつぐませるのである。それは韓国が既に行っており、李明博大統領は米国の核の傘に守られていることを積極的に発言している。
8月6日、日本に初めて原爆が落とされた日に、麻生首相は国民に対して、核持込の真実を認め、「核持込を争点としたい」と問うてみるのである。麻生首相は外相時代、「(北朝鮮が核によって脅すのなら)日本も核保有を議論、検討してはどうか」と発言して、大議論になったことがある。検討どころか、既成事実を追認するか建前に戻るかを、国民に問うのである。
選挙戦が繰り広げられる8月は、日本人が日本を見つめ直す特別な時である。
かつて日本は負ける戦争に踏み込み、終戦、冷戦があり、その中で平和国家、民主国家を作ろうと努力しながら今の体制を築いてきた。非核三原則を含む安全保障体制は、その歴史を凝縮した産物だ。それをこれからも堅持し国是としていくのかを見直してこそ、冷戦体制の終焉だ。
間違いなく、国民的な大議論となろう。しかし、戦後世代が人口の半数以上になり、北朝鮮による、子供じみてはいるが狂気の挑発が繰り返される今、核が必要か不要かの議論をせねばならない。
大人の議論ができれば日本が成熟している証になる。55年体制を60年以上与党として取り続けてきた自民党は、「それが必要か否か」の観点に立って方針を決定することはできるだろう。
おそらく民主党は結論が出ない。思想の左右によって核についての方針を決めようとするため、「反自民」というだけで集まっている民主党では、党を1つにまとめられないのである。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



1958年生まれ、法政大学大学院修士課程修了。スウェーデン国防軍国際センター民軍協力コース修了。広告代理店、出版社勤務を経てフリージャーナリストとして独立。1989年より国際協力の取材を始め、現在では世界の紛争地に赴くかたわら、発展途上国の開発・援助政策、コミュニケーション戦略を作成する。拓殖大学国際学部非常勤講師も務める。







