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麻生首相は靖国に行くか~自民党が大勝負に出る

シリーズ「政界ガラガラポン」(4)

  • 吉田鈴香

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2009年7月28日(火)

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 8月30日の選挙まで、あと1月となった。自民党が劣勢である。しかし40日間もある選挙戦の間、有権者は次第に冷静さを取り戻していく。前回の郵政選挙とは違って論点がないが、ムードではなく「どちらの党が“まっとう”か」と、国民は考える。

 ここに、自民党が大逆転する可能性を感じる。民主党が1つにまとめきれない論点を、自民党が選挙の争点にする大勝負に出てくるとするなら、それは安全保障をめぐる「近代の歴史観」だ。

安全保障を国民に問う

 筆者がなぜ本シリーズを「ガラガラポン」と名づけたかといえば、自民党も民主党も一気呵成にこの“冷戦体制”を終焉させ、構造的な変革を遂げてほしい、という期待を込めたのである。

 これまで述べてきた通り、自民党は構造的な疲弊を来たし、解党と出直しを迫られている。旧態依然の党則も、国民を受益者として捉えたマニフェストも、「参加型民主主義」の概念のなさも、一言で言えば、いまだに冷戦体制を引きずっている証左だ。民主党も同様だ。これらに終焉を告げることが、今選挙における真の意義である。

 “冷戦”からの脱却を成し遂げるには、安全保障の構造と意味を国民に問い、刷新しなければいけない。有権者にも政党にも胸に刺さる選択であるが、筆者は次のことを論点として挙げたい。

 まず、冷戦時代の産物の1つ、非核三原則の是非について。
 「非核三原則」は1967年12月に時の首相佐藤栄作が国会答弁で述べ、その後日本の独自方針として保たれてきた。しかしながら、現実には米軍は核を持ち込んでいたし、日米の外交交渉においてはいざという時には使ってもよいという暗黙の了解があったと、先日も元外務次官の発言があったばかりである(日本経済新聞6月30日)。このことを自民党の国会議員は見て見ぬふり、仕方がないと了解してきた。

 それは致し方なかった部分がある。もし「持込がある」「核を使う可能性がある」と政府が認めた場合、国内の原爆被害者からの反発はもちろん、北東アジアの核拡大を招いただろう。日本政府は経済成長よりも軍費に国家歳出を投じたかもしれない。

 しかし、冷戦も終了して20年近く経つ今、非核三原則の嘘を明らかにし、認める必要があるのではないか。北朝鮮の虚実取り混ぜた“脅威”に、断固として「日本にも核があるぞ」と、竹光ではなく真剣の存在を明らかにすることで、北朝鮮の口をつぐませるのである。それは韓国が既に行っており、李明博大統領は米国の核の傘に守られていることを積極的に発言している。

 8月6日、日本に初めて原爆が落とされた日に、麻生首相は国民に対して、核持込の真実を認め、「核持込を争点としたい」と問うてみるのである。麻生首相は外相時代、「(北朝鮮が核によって脅すのなら)日本も核保有を議論、検討してはどうか」と発言して、大議論になったことがある。検討どころか、既成事実を追認するか建前に戻るかを、国民に問うのである。

 選挙戦が繰り広げられる8月は、日本人が日本を見つめ直す特別な時である。
 かつて日本は負ける戦争に踏み込み、終戦、冷戦があり、その中で平和国家、民主国家を作ろうと努力しながら今の体制を築いてきた。非核三原則を含む安全保障体制は、その歴史を凝縮した産物だ。それをこれからも堅持し国是としていくのかを見直してこそ、冷戦体制の終焉だ。

 間違いなく、国民的な大議論となろう。しかし、戦後世代が人口の半数以上になり、北朝鮮による、子供じみてはいるが狂気の挑発が繰り返される今、核が必要か不要かの議論をせねばならない。

 大人の議論ができれば日本が成熟している証になる。55年体制を60年以上与党として取り続けてきた自民党は、「それが必要か否か」の観点に立って方針を決定することはできるだろう。

 おそらく民主党は結論が出ない。思想の左右によって核についての方針を決めようとするため、「反自民」というだけで集まっている民主党では、党を1つにまとめられないのである。

コメント51件コメント/レビュー

感情的にならないようにと思い、時間を置いてから読み直してみました。でもやはり、同じ感想を持ちました。国家、外交政策と言った国際関係の前提が中世なのですね、やはり。軍(軍事力と言った方が正確か)は、市民、国民を守るものではありません。歴史上、軍が市民を守ったことはありません。軍が守るのは、特定勢力の、多くの場合、時の権力の権益だけです。都市国家の時代、戦争がビジネス(狩)であった時代や、外交交渉の手段であった時代ならともかく、今や一旦戦争が起これば、地形が変わり、数世代にわたって後遺症に苦しむ惨禍を引き起こす大量破壊、殺戮の時代なのです。圧倒的な武力を持つ米国がテロの恐怖から逃れられないのは、その武力に頼った外交姿勢に原因があります。おそらく、ロシアも現在の武力による覇権主義を続ける限り、周辺諸国との小競り合い、テロの恐怖から逃れられない。日本のそうしたい、そうなりたい、ということでしょうか?核の傘などは存在しない。核兵器は今や特別な兵器ではありません。技術的には、材料さえあれば気の利いた高校生にも作れてしまう。そして材料は、原発からうまれるプルトニウム。金はある程度かかるが、北朝鮮でも賄えるレベル。日本が核武装するということは、世界に核が拡散するということ。到る所に核爆弾と言う世界。一体これにどんな意味があるのか?(愚痩子)(2009/08/17)

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いただいたコメント

感情的にならないようにと思い、時間を置いてから読み直してみました。でもやはり、同じ感想を持ちました。国家、外交政策と言った国際関係の前提が中世なのですね、やはり。軍(軍事力と言った方が正確か)は、市民、国民を守るものではありません。歴史上、軍が市民を守ったことはありません。軍が守るのは、特定勢力の、多くの場合、時の権力の権益だけです。都市国家の時代、戦争がビジネス(狩)であった時代や、外交交渉の手段であった時代ならともかく、今や一旦戦争が起これば、地形が変わり、数世代にわたって後遺症に苦しむ惨禍を引き起こす大量破壊、殺戮の時代なのです。圧倒的な武力を持つ米国がテロの恐怖から逃れられないのは、その武力に頼った外交姿勢に原因があります。おそらく、ロシアも現在の武力による覇権主義を続ける限り、周辺諸国との小競り合い、テロの恐怖から逃れられない。日本のそうしたい、そうなりたい、ということでしょうか?核の傘などは存在しない。核兵器は今や特別な兵器ではありません。技術的には、材料さえあれば気の利いた高校生にも作れてしまう。そして材料は、原発からうまれるプルトニウム。金はある程度かかるが、北朝鮮でも賄えるレベル。日本が核武装するということは、世界に核が拡散するということ。到る所に核爆弾と言う世界。一体これにどんな意味があるのか?(愚痩子)(2009/08/17)

前々から吉田氏の話には疑問を持っていましたが、今回の議論は随分乱暴な印象を受けました。核の話にしても旧ソ連や現在の中国なら核抑止論は効くでしょうけども、経済的に追い詰められ強迫観念に囚われている北のような国にとっては核による脅しは更に相手の態度を硬化させ、核保有へのインセンティブを増すだけ&彼らの核保有の正当性を強化するだけでしょう。靖国参拝についても中国、韓国の話ばかり書かれていますが、日本の過去の戦争責任を曖昧にしてきたツケがもたらしたものでは無いでしょうか。そこのところを無視してただ、外圧対日本みたいな議論の仕方は疑問を感じます。(2009/08/09)

はじめてコメントさせていただきます。大変冷静かつ論理的なコラムで参考になりました。あえて議論を誘う問題提起をされたと思いますが、それもコメント欄を読む限り成功しているようです。国民の大多数は靖国など興味がない、衣食足りることが先決だという論調の方もおられます。何を根拠にそう云えるのか疑問ですが、仮にそうだとして、「そんな日本でいいんですか?」ということを考えるべきです。目先の自分の生活が苦しい、将来が見えない、ついつい「生活第一」などという言葉につられてしまいます。また今の状況が閉塞感で一杯だと、誰でもいいから何か変えてくれと思ってしまいます。でも、今こそが最低で、変われば今より良くなると何を根拠に思っているのでしょうか?私は自民であろうが民主であろうが、日本の状況は今よりさらに悪くなることは間違いないと思います。自分の世代はあきらめても、子や孫の世代の日本を考えたとき、悪くなり方がどちらがマシかという選択をしたいと思います。(2009/08/07)

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