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教育崩壊を本当に止めるなら、親と向き合うしかない

Opportunity Schoolへ再び【1】

  • 林 壮一

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2009年8月20日(木)

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(承前「問題児再生プログラム――特別学級を訪ねて」、「教室で銃を突きつけた小学生、それでも絶望しない女性教師」から読む)

 3月上旬、私はネヴァダ州のある特別学級を訪ねた。その名は「Opportunity School」。

 Opportunityとは、「機会」や「チャンス」の意で、それらを作り出す学校となれば非常に響きのいい語である。だが同校は、リノ市内の公立小学校で手に負えないと判断された児童を再生させるプログラムとして運営されている。

テイラー・ハーパー先生

 感情を見せず、会話すらなりたたない生徒たち。あるいは教室に銃を持ち込むような小学生を引き受け、特別学級を運営しているのは、テイラー・ハーパーという女性だ。彼女の働きによって児童たちは変わりつつあったが、予算不足を理由に、この夏で特別学級は閉鎖されそうになっていた。

◆   ◆   ◆

 夏休みに入った校舎は静寂に包まれていた。Opportunity Schoolの教室にも鍵が掛けられ、机と椅子が綺麗に並べられている。

 7月20日。約束の時間である午前10時に、私はOpportunity School責任者の部屋を訪ねた。

 Opportunity Schoolで小学生を預かるテイラー・ハーパー先生のひたむきさには心を打たれたが、取材中に彼女から「私のボスは、もっとポジティブな人よ」と聞かされてから、彼にもインタビューしたいと考えていた。ハーパー先生の上司はジャフ・フリーマン先生という恰幅のいい55歳であった。

 フリーマン先生は“モーターシティー”ミシガン州デトロイトの出身だ。彼は白人だが、地域には貧しい黒人が多く住み、諍いの絶えないエリアで成長した。

「それでも私には肌の色の垣根を越えて、多くの素敵な友人がいましたよ」

 フリーマン先生は笑顔で語るが、それは彼の性格によるところが大きいだろう。けっして上から人を見ない。5分喋っただけで、人柄が伝わってくる。

 彼は、1967年に人種間のトラブルが引き金となって発生したデトロイト大暴動も経験していた。

「現場にいましたよ。私は1953年生まれですから、中学の最後か高校1年くらいだったな。あちこちに火が回って、怖かったですね。あの時は黒人たちの激しい怒りを感じました。私も言葉にならない感情を抱いたものです。黒人の友人たちの前では立場がない部分もありましたね。そんなデトロイトで暮らしながら、人間というものを知っていったと思います」

ジャフ・フリーマン先生

 人と接することが好きだった彼は、この時期から家庭に問題のある子供たちのために、コミュニティーで働き始める。当初は小学生のサマーキャンプの引率程度であったが、歳を重ねるにつれ、将来の見えない子供たちに夢を与えることが自分の人生の成功だと感じるようになった。

「でもね、高校時代の成績が悪過ぎて、行く大学がなかったんです。ウェイトリフティングにハマっちゃって勉強しなかったし、飛び級できたので、他の生徒よりも卒業が早くてね。だから、海軍に入って大卒の資格を取り、その後大学院を目指しました。アリゾナ州立大学の院で教育学と社会福祉学の学士を取っています」

 学業を終えた後、彼が赴任したのはアリゾナ州ユマの公立高校だった。

ギャングに「お前はリーダーだろう、お前ならできる」と訴えた

「生徒の70パーセントがヒスパニックでした。問題を起こす学生は、ヒスパニックのギャングばかり。発砲事件、傷害事件、殺傷事件、そんなトラブルに直面する日々でした。毎日のようにパトカーが学校に来てね。

ある時、ギャングのボスを捕まえて私は言ったんです。『お前はリーダーなんだろ。他者から尊敬される行動をしてみろよ。頼むからリーダーのプライドを見せて、お前が通っているこの学校を、よくしてくれよ。お前なら出来るんじゃないか?』って。その辺りから、風紀がよくなっていったんです」

 ヒスパニックギャングのリーダーだった彼はフリーマン先生の言葉に反応し、母校愛を見せ始める。彼の目が光っているため、学校内での揉め事も激減していった。

「その一件から、教師というのは子供たちの許容範囲を知ることが肝心だと学習しました。この子とは、こんな会話をしても大丈夫だな。冗談を言っても通じるな。誠実な言葉を掛ければ力に変えられる・・・。そんな風に一人ひとりの特色を見極めて、最善の方法を探すことこそ教育者の勤めだろうと。簡単ではありませんが、信頼関係を築く鍵なんですね。やはり、ハートとハートで付き合っていくことが第一歩です」

コメント3件コメント/レビュー

私も連載再開を待ち望んでいました。私は一般の会社員であり、教育者ではありませんが、休日には、ボランティアで教育に近い部分の手助けをしています。そのため、大変興味深く記事を読ませていただいています。米国で発生した事象は、何年か後に日本に波及すると言われています。根本問題への解決である親への教育は、まさしく今の日本の教育現場への一つの指針でになるのではないかと期待しています。(2009/08/20)

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私も連載再開を待ち望んでいました。私は一般の会社員であり、教育者ではありませんが、休日には、ボランティアで教育に近い部分の手助けをしています。そのため、大変興味深く記事を読ませていただいています。米国で発生した事象は、何年か後に日本に波及すると言われています。根本問題への解決である親への教育は、まさしく今の日本の教育現場への一つの指針でになるのではないかと期待しています。(2009/08/20)

久し振りの連載再開を喜ばしく思います。教育者としてタフで心の美しい人々に感激してしまいました。(2009/08/20)

連載が中断していた時も、次の記事を早く読みたいと思っていました。その間にアメリカ下層教育現場も購入して読みました。ぜひ生々しい現場の声をドンドン届けてください。応援しています。(2009/08/20)

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後藤 忠治 セントラルスポーツ会長