「コネチカットの庭から見た日本」

コネチカットの庭から見た日本

2009年11月4日(水)

日本でドラッカー人気が衰えない理由

官僚制を擁護した米国では忘れられた学者の魅力

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 この夏、私は東京の書店のビジネスコーナーを見て回って、ピーター・ドラッカー用に割かれた書棚スペースの量に驚いた。米国あるいは欧州では、ドラッカーの書籍を見つけるのに相当苦労するからである。

 彼は、年齢が上の世代の人々の間ではいまだによく知られており、広く読まれてはいるが、最近のビジネスパーソンはジム・コリンズやマルコム・グラッドウェルといった、より若い専門家を好んで読んでいるのだ。

我々が読むべきと言われたのはたった1つの論文だけ

 私が2004年から2006年にかけてハーバードビジネススクールに在籍していた時には、我々が必修として読まなければならなかったドラッカーの論文は1つだけだった。ハーバードビジネスレビューに掲載された「自己探求の時代(Managing Oneself)」だ。

 ドラッカーが4年前に亡くなっていなかったとしたら、今年の11月19日で100歳になっていたはずである。その生涯の中で生み出した著作の数には圧倒される。彼は、大学で教鞭を取り、コンサルタントとして働き、さらに新聞や雑誌の記事を執筆する傍ら、小説2本と自伝を含む39冊の書籍を残し、日本の芸術に関する書籍も1冊共著として出版している。

 ドラッカーに触れずにビジネスと経営について語ることは難しい。彼は、分権型企業や目標管理から、ナレッジワーカー(知識労働者)、社内における共同体意識の必要性に至るまで、幅広い概念を我々に提供してくれている。

カリスマ的指導者と呼ばれるのを嫌ったドラッカー

 彼はよく元祖ビジネスのカリスマ的指導者(グル)と呼ばれていたが、 彼はその言葉を明確に嫌っていた。彼は一度こう言っている。

 「我々は、ペテン師(charlatan)という単語が長すぎて見出しにうまく収まらないから、グル(guru)という単語を使っているだけだ、ということを私は長年の間言い続けてきた」

 日本とドラッカーとの密な関係は1959年に始まった。その年、彼の名声を高めた著書『企業とは何か 』に魅了された日本の経営者たちに話をするために日本を訪れたのであった。この本はゼネラル・モーターズ(GM)における組織と経営の実践を扱ったもので、当時、世界中の企業の指針となるものであり、ビジネスパーソンがこぞって読んでいた。

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著者プロフィール

フィリップ・デルヴス・ブロートン(Philip Delves Broughton)

フィリップ・デルヴス・ブロートンバングラデシュ生まれの英国育ち。1994年オックスフォード大学ニューカレッジを卒業、2006年にハーバードビジネススクールでMBA取得。デーリー・テレグラフの記者としてニューヨーク、パリに勤務。現在は、フリーのジャーナリストとしてフィナンシャル・タイムズなどに寄稿している。近著は『ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場』(日経BP)。

関谷 英里子(せきや・えりこ)

関谷 英里子日本通訳サービス主宰。アル・ゴア米元副大統領やマインドマップ開発者のトニー・ブザン氏など一流講演家の同時通訳者。慶応義塾大学経済学部卒業後、伊藤忠商事のブランドマーケティング、日本ロレアルのプロダクトマネジメントの現場で日本語・英語での事業提携交渉やプレゼンテーションの第一線を担い、その後独立。現在通訳者、翻訳家として活躍。著書に一流講演家のプレゼンテーション術を記した『なぜあの人の話に、みんなが耳を傾けるのか』(明日香出版社)。


このコラムについて

コネチカットの庭から見た日本

著者のブロートン氏は、宣教師の父とミャンマー人の母を持ち、英国の工業町、ノーサンプトンで育ちました。オックスフォード大学でギリシャ文学を専攻した後、ジャーナリストとしてのキャリアをスタート。デーリーテレグラフの記者としてニューヨーク特派員時代に9・11を取材し、その功績を認められて31歳という若さでパリ支局長を務めた実力の持ち主です。10年間のジャーナリスト生活を経て「自分の収入や時間を自らコントロールできるようになりたくて、ビジネスを学ぼう」(『ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場』より)と思い、2006年ハーバードビジネススクールでMBAを取得。しかし、卒業後に著者が選んだ道は、高額の報酬が得られる企業に勤めることではなく、コネチカット州に妻と子どもと暮らし、庭にある書斎で執筆活動をすることでした。日本、そして世界のさまざまな出来事について、独特の批判的視点でコラムを書いていきます。

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