この夏、私は東京の書店のビジネスコーナーを見て回って、ピーター・ドラッカー用に割かれた書棚スペースの量に驚いた。米国あるいは欧州では、ドラッカーの書籍を見つけるのに相当苦労するからである。
彼は、年齢が上の世代の人々の間ではいまだによく知られており、広く読まれてはいるが、最近のビジネスパーソンはジム・コリンズやマルコム・グラッドウェルといった、より若い専門家を好んで読んでいるのだ。
我々が読むべきと言われたのはたった1つの論文だけ
私が2004年から2006年にかけてハーバードビジネススクールに在籍していた時には、我々が必修として読まなければならなかったドラッカーの論文は1つだけだった。ハーバードビジネスレビューに掲載された「自己探求の時代(Managing Oneself)」だ。
ドラッカーが4年前に亡くなっていなかったとしたら、今年の11月19日で100歳になっていたはずである。その生涯の中で生み出した著作の数には圧倒される。彼は、大学で教鞭を取り、コンサルタントとして働き、さらに新聞や雑誌の記事を執筆する傍ら、小説2本と自伝を含む39冊の書籍を残し、日本の芸術に関する書籍も1冊共著として出版している。
ドラッカーに触れずにビジネスと経営について語ることは難しい。彼は、分権型企業や目標管理から、ナレッジワーカー(知識労働者)、社内における共同体意識の必要性に至るまで、幅広い概念を我々に提供してくれている。
カリスマ的指導者と呼ばれるのを嫌ったドラッカー
彼はよく元祖ビジネスのカリスマ的指導者(グル)と呼ばれていたが、 彼はその言葉を明確に嫌っていた。彼は一度こう言っている。
「我々は、ペテン師(charlatan)という単語が長すぎて見出しにうまく収まらないから、グル(guru)という単語を使っているだけだ、ということを私は長年の間言い続けてきた」
日本とドラッカーとの密な関係は1959年に始まった。その年、彼の名声を高めた著書『企業とは何か 』に魅了された日本の経営者たちに話をするために日本を訪れたのであった。この本はゼネラル・モーターズ(GM)における組織と経営の実践を扱ったもので、当時、世界中の企業の指針となるものであり、ビジネスパーソンがこぞって読んでいた。
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バングラデシュ生まれの英国育ち。1994年オックスフォード大学ニューカレッジを卒業、2006年にハーバードビジネススクールでMBA取得。デーリー・テレグラフの記者としてニューヨーク、パリに勤務。現在は、フリーのジャーナリストとしてフィナンシャル・タイムズなどに寄稿している。近著は『







