NBA史上ワースト記録となる18連敗を喫したNew Jersey Netsが、今シーズン待望の初白星を挙げたのは12月4日のことだった。
対戦相手はCharlotte Bobcats。スコアは97対91。それだけでニュースとなってしまうのだから、Netsが如何なるレベルなのかお分かり頂けるだろう。説明するまでもないが、Bobcatsも9勝11敗と、Eastern Conference、SOUTHEASTで最下位争いを展開中だ (12月10日現在)。
まるで優勝でもしたかのように、歓喜に包まれるIZOD Centerのコートには、彼の姿が見られなかった。Netsで4番目に高い年俸(525万ドル)を誇り、昨年度はOrland Magicの一員として、プレイオフで目覚しい活躍を見せたレイファー・アルストン(33歳)。
派手なタイプではないが、ベテランとしてNetsを支える男だ。今期、アルストンは2番手のポイント・ガードとして働いている。目下17試合中、プレーした平均時間は32.5分。
17連敗となったLA Lakers戦で左膝を痛め、ここ2試合はベンチにさえ入っていない。昨シーズンのアルストンのプレーを記憶するファンにとって、今年の彼の姿はいささか淋しい。
11月27日、Kingsとの試合のためSacramentoを訪れたアルストンは連敗を15で止めようと、必死の形相でウォーミングアップを続けていた。
「チーム状態は非常に苦しい。何とかこの状況を打破したいんだが・・・。目の前にある事に全力でぶつかっていく他に、道は無いな」
アルストンは早口で言った。
「こんな時こそ、バスケットボールへの愛や情熱を思い起こさないとね」
Kingsの選手が誰も出てこない試合前のコートで、アルストンは若手と共に黙々とシュート練習をこなしていた。
絶望と貧困の中からNBAへ
ふと、アルストンの足元が気になった。NBA選手なら誰もが有名スポーツメーカーのバスケットシューズを履いているが、アルストンが愛用するシューズは、「AND 1」と呼ばれる “ストリート・バスケット”界で名を馳せるブランドであったのだ。
NBA選手として今期で10シーズン目を迎えるアルストンは、異例と呼べる道を歩みながら、バスケットボール界の最高峰に辿り着いた男である。
1976年6月24日、アルストンはニューヨーク、クイーンズで生を享けた。彼もまた、貧困に喘ぐ黒人ばかりが住むゲットーの出身だ。
生まれ故郷について、アルストンは顔を顰めながら話した。
「絶望的な場所だった。周りは犯罪だらけさ。まともに食事を摂ろうと思ったら、罪を犯すしかないっていうような地区だよ」
そんな街にも、至るところにバスケットコートがあった。
「クイーンズがどんな地区だったか説明しろって言われたら、2番目に出てくるのがバスケット・シティーって言葉だろうな。幼い頃から、いつもボールを持っていた記憶がある。オレも近所の仲間たちもトラブルに巻き込まれるのが嫌だったから、毎日公園でボールを追いかけていたよ。バスケットコートは安全だったし、幸福を与えてもらえる場所だったからね」
物心が付く頃、アルストンはストリート・バスケットで注目される少年となっていた。
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