「ルポ:“弱者”として生きるアメリカ」

「僕はママが好きです!」競い合うように日本語を話す少年たち

Opportunity Schoolで教えてみる【その15】

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2010年2月10日(水)

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(前回「少年たちの人生に「セカンド・ウィンド」よ、吹け」から読む)

 少年Bとの別れの日がやって来た。
 ボクシングのミットを持って、私に笑顔を向けた顔が蘇る。

 前夜、考えてはみたのだが、最後の言葉は思い浮かばないままだった。
 この日はテイラー・ハーパーが出勤しており、授業前に彼女の部屋で話をする時間を作った。

「Bね、あなたに本当に感謝しているわよ。お別れ会にも出てほしいって、私たちに言ってきたわ」
「来週はリノにいないから、無理なんだよ。でも、淡々とした別れの方がいい。彼も新たな地で再出発しなきゃならないんだから。嫌な思い出のあるリノのことは一刻も早く、忘れさせてあげようよ」
「ドライなことを言うわね」
「ところで、ニューフェイスのCは、何をやらかしたの? 『僕のガールフレンドにちょっかいを出した奴を、叩きのめしてやった』なんて語っているけれど」
「あの子が一年生のときの担任は私なの。テレビも買えない貧困家庭。母親と、17歳の兄との3人暮らし。生活保護でなんとかやっているわ。17歳の兄っていうのがギャングでね、先日、人を刺して、今は留置所に入っている」
「Cは、一年生の頃から問題児だったの?」
「そうでもないわ。でも、話し言葉や倫理観がギャングそのものになって来たから、私が面倒を見ることにしたのよ」
「どのくらいの予定?」
「最低でも5週間はここで付き合うわ」

 少年Aについても、テーラーは話した。

「私がクレイジーって評する彼の母親ね、精神科の病院に送られるかもしれない。そうなると、Aには保護者がいなくなってしまうから、里親を捜すか、あるいは彼自身と妹も、そういう子が集まる施設に入らなければいけなくなるかも……」

 Opportunity Schoolは確かに画期的なシステムだが、「貧困」「崩壊家庭」という根本的な問題を解決できるわけではない。我々の取り組みは、客観的に見れば「焼け石に水」のようなものであろう。

*    *    *

「ライスボールを食べたことはあるかい?」

 3人に向かって私は問いかけた。

「寿司とは違うの?」
「違うんだ。もっとライスの塊が大きい」
「僕はないな」
と少年A。
「ベースボールくらいの大きさなんでしょ?」
とB。
「もうちょっと小さいかな」
「僕も知らない」
とC。

 この日の授業は「おむすび ころりん」の絵本を読み聞かせする予定でいた。

「ハワイでコンビニエンス・ストアに行くと、レジの横に『スパム・ムスビ』って書いて売っているけれど、メインランドではほとんど売られていないかな」

 私は絵本の表紙を見せながら、「おむすび ころりん」をその場で英訳した。1頁、1頁と進むたびに、彼らは笑った。

「何でランチのライスボールを落としちゃうんだよ」
「畑仕事って、このお爺さんは小作人なの? それとも自分の畑を持っているの?」
「ライスボールが穴に転がるなんて、そんな大きさの穴が畑の傍にあるかよ」

 少年たちは思い思いに感想を述べた。彼らの発言を耳にしながら、3人がいかに幼く、そして純粋なのかが伝わってくる。

「餅もライスからできるの?」
「美味しいの?」
「ネズミの国が地下にあるのか」

 集中力のない少年Bが、この日は絵本からまったく目を逸らさないことにこちらが驚く。ストーリーを英語で説明しながら、私は感じた。

 彼らには、親に本を読んでもらった経験があるのだろうか、と。

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著者プロフィール

林 壮一(はやし・そういち)

1969年埼玉県生まれ、東京経済大学卒。大学時代にボクシングジムに所属し、ジュニアライト級でプロテストに合格するも、左肘に怪我を負いプロボクサーを断念。週刊誌の記者を経てノンフィクションライターとなり、1996年渡米。2006年9月、10年の取材を重ね、黒人でワールドチャンピオンとなった5人のボクサーのその後を追った『マイノリティーの拳』(新潮社)を上梓。以来、弱者の目線から見た米国の姿を追い続ける。著書に『メジャーリーグ・オブ・ドリームズ』(アスコム)、米国底辺校の教育現場に立った経験を綴り、大きな話題を呼んだ『アメリカ下層教育現場』(光文社新書)がある。最新刊は『ドキュメント 底辺のアメリカ人〜オバマは彼らの希望となるか』(光文社新書)。



このコラムについて

ルポ:“弱者”として生きるアメリカ

米国でノンフィクションライターとして働く傍ら、最底辺校に通う子どもたちを教育する現場に立った林壮一氏。過酷な現実と夢を持ち続けようとするたくましさがぶつかり合うアメリカの姿が、『アメリカ下層教育現場』にまとめられている。常に弱者の視点から米国を見つめる林氏に、これまで報じられたことのない、この国のリアルな側面を描いてもらう。その姿は、我々が手をこまぬいていれば、日本の未来の映し絵となるかもしれない。

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