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 「あなたは全裸族? それとも半裸族?」
 中国のネットでは“裸婚”という言葉が熱気を帯びている。

 裸婚――?! なに、それっ――?! おまけに、全裸、半裸って、どういうこと?

 初めてこのネット新語に触れた網民(ネット市民)たちは、言葉が言葉だけに、ドキッとしながら、興味を抱く。その結果アクセス数が膨れあがり、今年1月に入り、『裸婚』という小説までが登場した(北方婦女児童出版社。作者:介末)。

 しかし、この新語、決して怪しげなものではない。
 実は“裸婚”とは、結婚するに当たり

  • 「家なし、車なし、金なし」を基本三条件として
  • 「結婚式なし、ウェディング・ドレスなし、新婚旅行なし、結婚指輪なし」

という、結婚に付随して、これまでの若者が狂奔してきた必須条件が全てない、「ないない尽くし」を指すのである。

 日本語にも「裸一貫」という言葉があるが、さしずめ、「われわれの結婚は、裸一貫から始めようではないか」というニュアンスに近い。
 中心になっているのは、1980年以降に生まれた80后(バーリンホウ)だ。

拝金主義への抵抗がはじまった?

 前回の記事「中国婚恋サイトでセイントセイヤが大活躍?」でも触れたが、中国では改革開放により、それまで悪とされていた個人的な金儲けが解禁され、毛沢東時代に叫ばれていた「向前看(シャン・チェン・カン)」(前に向かって進め)という革命精神高揚のためのスローガンの代わりに、同じ発音の「向銭看(シャン・チェン・カン)」(銭に向かって進め)が自嘲的に叫ばれるようになった。

 「金こそが全て」あるいは「より高価なものを持っている者が社会的優位に立つ」という物質万能を中心とした価値観が蔓延し、拝金主義的な傾向が強まっていく。拙著『拝金社会主義 中国』(ちくま新書)は、その一端を描いたものだが、結婚式もみるみるうちに派手になり、その豪華さを競うようになる。

 身の丈に合わない会場を借り、身の丈に合わない料理をふるまい、身の丈に合わない演出を催して豪勢なセレモニーを盛大に展開する。その金額は日本円で数千万円に届く場合さえある。

 しかし一般庶民や大卒生の月収は平均して日本円で3〜4万円程度、年収にして40万円に届くのがやっとといったところ。当然、1千万円の結婚式など非現実的な話だ。が、それでも2006年の調査で、中国の都市における結婚式費用は日本円で平均200万円前後だというデータがある。年収は40万円あったとしても、その程度だと生活費にほとんど使われてしまい、貯金もままならないから、200万円となると5年間、飲まず食わずでいなければならない。

 そこへもってきて、女性たちは結婚相手に「家あり、車あり、そして高収入もあり」という結婚基本三条件を要求してくる。結婚を控えた平均的収入の男性群は、たまったものではない。

 結局助けを求める先は、またしても親。
 親が都会人の場合は、それでもまだ何とかなるケースが少なくないが、田舎にいる親となると、どうだろう。

無い袖は振れない

 あらゆる親戚や隣近所から掻き集めた借金で子供を都会の大学に行かせ、卒業後は「大卒なのだから、きっと良いところに就職してたんまり稼ぎ、すべての借金を返してくれるだろう」と期待していたら、なんと大卒生の激しい就職難(『こんなに就職難なら、いっそ、兵隊になっちゃえ!』)! 無一文となるケースが大卒生の30%以上を占め、2004年からの累計を考えると政府発表だけでも大卒無職者は700万人を超える。実際は1000万人に達しているだろう。

 そんな状況下で、これ以上、親に甘えるわけにはいかないのである。
 そこで出現したのが「裸婚」だ。
 このムーブメントは80后の間から、自然発生的に湧きあがってきた。

遠藤誉の新刊が
当サイト連載をベースに登場!

 中国は、「共産党が支配する社会主義国家」がこの地球から消えていくのを防ぐため、個人による金儲けを解禁、奨励してきた。その結果、中国経済は大躍進を遂げ、人々はリッチになった。しかし、その一方で、職に就けない大卒者が七百万人にも達し、階級差が生まれ、農民たちは最下層で貧しさに喘いでいる。さらに結婚できない女性が増え、次代を担う子供たちの人口増加率も減少している……。

 国は生き残ったが、果たして「社会主義」は生き残ったのだろうか?

 昨年、60周年を迎えた新中国は、経済だけは加速しながら、その影で様々な問題が浮き彫りになってきている。「銭」に向かって進んだ結果、今何が起きているのか?

中国で生まれ育った作者ならではの視線で、「金儲け」と「社会主義」の矛盾とからくりに迫る。

 日経ビジネスオンライン連載の「中国“A女”の悲劇」をベースに、改革開放によって中国がどう変わったのかを庶民目線で斬り込み、中国の現在を軽妙なタッチで描いた1冊。

 ネットは「裸婚は80后が選んだ前衛的現象か、それとも昔の時代に戻ったのか?」と騒ぎ立てている。
 そのどちらでもあると、私は思う。

 中国が「向前看」を叫んでいた頃、結婚は職場の共産党組織によって「革命度」を審査された上で許可されていた。化粧をすることも派手な服装をまとうことも反革命的だったし、いわんや派手な結婚式などは論外。毛沢東の写真と五星紅旗を背景に記念写真を1枚撮るだけでも最高の幸せだった。生涯の誓いは、党書記の前で立てる。それで結婚は承認され成立していたのである。その頃に戻った、と解釈できなくはない。


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