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農民から市民へ -「新生代農民工」の歩む道

都市に溶け込めぬ出稼ぎ労働者、課題は差別解消

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2010年3月12日(金)

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新生代農民工的城市路

経済観察報記者 姜雷

黄珊珊は旧正月(今年の元旦は2月14日)の休暇を旧暦7日まで故郷で過ごし、浙江省杭州市に戻ってきた。彼女の実家がある安徽省銅陵市から杭州までは、長距離バスで6時間かかる。10年前には近くの町にもめったに出かけたことのなかった農村の少女は、今では長距離の旅にもすっかり慣れっこになった。

 肩までかかるロングヘアー、薄紅色のコート、膝丈のスカートにショートブーツ。その外見や仕草からは、彼女が銅陵市鐘鳴鎮清泉村の出身であることは想像もつかない。故郷を離れ都会へ出稼ぎに来てから早10年、杭州に住み始めて6年目を迎える。

 旧正月前、黄珊珊はまた職場を変えた。厳しい試験をくぐり抜け、アパレルメーカーの愛莉芬服装の研究開発部門に入社したのだ。今回の転職は、彼女の出稼ぎ生活にとってターニングポイントになった。

 「研究開発といっても、仕事は今までと同じ洋服の試作品作り。でも、生産現場ほどはきつくないし、お給料も上がった。それに週休二日制だし」と、黄珊珊は微笑む。

「畑仕事なんてまっぴらごめん」

 出稼ぎを始めた当初はずぶの素人だったが、今では新製品のサンプルの縫製を任されるほど高い技術を身につけている。そんな彼女が歩んできた道のりは、新世代の出稼ぎ農民の象徴と言っても過言ではない。2010年の共産党中央第一号文書*は、彼女のような1980~90年代生まれの出稼ぎ農民を「新生代農民工」と表現した。

*中国共産党中央が毎年最初の重要通達として全国の下部組織に発する文書。政権のその年の最優先課題を示すとされる。胡錦濤・温家宝政権は発足以来7年連続で「三農(農業、農民、農村)」問題への対応を中央第一号文書のテーマに選んでいる。

 知識と技術を身につけた出稼ぎ労働者たちは、今や都市の産業発展を支える主力になりつつある。若い彼らは、両親の世代に比べて都市生活への思い入れが強い。黄珊珊もその一人だ。「田舎に戻って畑仕事なんてまっぴらごめん」と、彼女は言う。

 旧正月に帰省すると、黄珊珊は必ず親友の朱小雲を訪ねる。2人は中学時代の同級生で、現在26歳。2000年に中学校を卒業した後、農村部のほとんどの若者がそうするように、村を出て都会で働く道を選んだ。

 地元の役場の斡旋で、2人はまず銅陵市内の縫製工場に就職した。最初のうちは技能がなかったため、製品の出荷検査やラベル貼りなど補助的な作業に従事していた。

 彼女たちの願望は、当時は「働いて結婚資金をためたい」という至極単純なものだった。「あの頃の給料は月800元(約1万400円)もなかった」と、朱小雲は振り返る。彼女は3年後に故郷に戻り、間もなく結婚した。

 一方、黄珊珊は出稼ぎ生活を続けた。「彼女は私よりたくましいの。新しいことを吸収するのもうまい」。既に2歳の子供の母となった朱小雲は、親友をそう評する。

 やがて黄珊珊に転機が訪れた。職場の社外研修で、提携先の上海市青浦区の縫製工場に派遣され、半年間の技術研修を受ける機会に恵まれたのだ。裁断から縫製まで服作りの流れを基礎から学び、高い技術を身につけることができた。加えて、全国各地から出稼ぎに来ていた同世代の仲間たちとの出会いが、新たな進路への扉を開いた。

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