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アジアが目指すべき開放的な地域主義

地域経済統合の“先進地域”ヨーロッパに学ぶこと

  • 黒田 東彦

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2010年4月23日(金)

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 私は、4月17、18日にスペインの首都マドリッドで開催された第9回ASEM(アジア欧州会合)財務大臣会議に出席しました。

 ASEM財務大臣会議は、ASEANのイニチアチブで1997年に始まった会議ですが、私は、タイの首都バンコクで開催された第1回会議にも国際金融局長として参加し、2001年に神戸で開催された第3回会議には財務官として参加しました。その後、2005年の中国の天津における第6回会議、2006年のオーストリアのウィーンにおける第7回会議、2008年の韓国の済州島における第8回会議にも、アジア開発銀行(ADB)の総裁として出席しています。

 したがって、2年に1度開催されるASEM財務大臣会議は、アジアとヨーロッパの対話の場として重要なだけでなく、私個人にとっても親しみの持てる会議です。ただ、今回の会議は、アイスランドの火山噴火による火山灰がヨーロッパの大半の空港を閉鎖に追い込んだなかで行われたため、航空便のキャンセルで日本や中国などが参加できず、欧州からの大臣の出席も少なかったのは、誠に残念です。

 しかし、アジアとヨーロッパの直面する経済問題を双方が率直に議論し、政策面で協調していく必要性を再確認したことは、きわめて有意義だったと思います。2年後の第10回ASEM財務大臣会議に向けて具体的な前進が要請されています。私のコラムの最後をアジアとヨーロッパの経済関係を展望することで終了したいと思います。

ASEM財務大臣会議の歴史と成果

 ASEM財務大臣会議は、アジア金融危機が深まる1997年9月に、タイのバンコクで初めて開催されました。当時のASEAN議長国のタイの肝いりで開かれた会議は、アジア金融危機に関する議論で埋め尽くされてしまいました。

 私は国際金融局長として当時の三塚大蔵大臣に同行しましたが、大臣はASEAN諸国や韓国の大臣と精力的に会談してアジア金融危機への対応を議論し、そのなかで「アジア通貨基金」構想が固まっていきました。その後、9月末に香港で開かれたIMF世銀総会では、米国とIMFが「アジア通貨基金」構想に強く反対し、この構想自体は残念ながら棚上げにされてしまいますが、それが1999年以降の「チェンマイ・イニシアチブ」に生かされ、現在に至っているわけです。

 ともあれ、アジア金融危機は1999~2000年の急速なアジア経済の回復によって克服され、2001年の神戸における第3回ASEM財務大臣会議では、「チェンマイ・イニシアチブ」が評価されるとともに、将来へ向けてのアジアとヨーロッパの協調に関する前向きの合意ができ、望ましい展開となりました。この神戸での会議で活躍されたのが、当時財務官だった私の下で副財務官を勤めておられた伊藤隆敏東大教授であり、その後のASEM財務大臣会議に大きな影響を与えた「神戸リサーチプロジェクト」を立ち上げるのに貢献されました。

 ASEM財務大臣会議は、いまや「ASEM対話ファシリティー」などを通じて各種のコンファレンスやワークショップを開催し、アジアとヨーロッパとの間の情報交換や政策協調に貢献しています。その範囲は、インフラ整備におけるPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の活用や気候変動への対応における融資政策などの問題から、文化的、社会的、政治的な課題にいたるまで、広範に及んでいます。

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