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日米人脈再生、ワシントンからの挑戦

政治を頼るな、志ある者が行動せよ

  • 水野 博泰

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2010年6月4日(金)

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 日米関係にすきま風が吹いている。アジアの勃興を前にして、互いに背を向けることはあまりにもたやすい。米国の首都ワシントンでは日本の存在感が希薄化する一方だ。

 だが、そのワシントンで日米関係の新章を開こうと踏ん張りをきかせている日本人ビジネスマンたちがいた。

(ニューヨーク支局=水野 博泰)

 ホワイトハウスから北2ブロックの好立地に東海旅客鉄道(JR東海)ワシントン事務所はある。4月初旬の平日、午後6時を過ぎた頃から米運輸省高官やロビイスト、日本大使館、日系企業の面々が続々と集まってくる。

 JR東海が米国に売り込んでいる新幹線や超伝導リニアをより多くの人に知ってもらうため数カ月に1度のペースで開いている立食パーティーだ。寿司をつまみ、日本酒やワインを味わいながら、高速鉄道の話題で盛り上がる。

JR東海ワシントン事務所で開かれたオープンハウスの様子

 JR東海の代理人となって新幹線を米政府に売りこむため2009年に設立されたコンサルティング会社、米USJHSR(U.S.-Japan High-Speed Rail)のリチャード・ローレス社長兼CEO(最高経営責任者)も駆けつけた。

 このオープンハウスを始めたJR東海ワシントン事務所の市川勝彦所長はこう話す。

 「3~4カ月に1回ぐらいのペースですが、どうぞ来てくださいと招くと多くの関係者が喜んで来てくれる。こうした地道なところで日米の人脈が着実につながって、長期的にはビジネスもうまく回ってくれる」

中途採用組がつないだJR東海の日米人脈

 実は、JR東海の米首都ワシントンにおける活動歴は驚くほどに日が浅い。

 ワシントン事務所の開設は2001年の「9.11テロ」の直後のことだ。1980年代から日米貿易摩擦の修羅場をくぐった自動車、鉄鋼、電機など先達に比べると丸々10年遅れの「新参者」である。

 そして、日米鉄道人脈を現場レベルで築き上げてきた市川氏は、中途採用組の異端児である。

 JR東海は、1987年の国鉄分割民営化で誕生してから3年間中途採用を行った。市川氏はその2年目の1989年に応募してヤマハから転職した。鉄道事業の経験は皆無だったが、JR東海発足時に総合企画本部長、90年には副社長に昇格した葛西敬之氏(JR東海・現会長)の目に留まり、海外での新事業開拓という国鉄時代にはあり得なかったテーマに挑戦することになった。

 JR東海が最初に設けた海外拠点は、英ロンドン、豪シドニー、米ロサンゼルスの3カ所。市川氏は93年からシドニーに赴任、ワインやナッツ、ビーフジャーキーなどの地元産物を買い付けて新幹線のワゴンサービスや売店で売った。これがヒットし、毎月コンテナをいっぱいにできる規模にまで成長させた。

 ロンドンも鉄板焼きレストランで大成功した。ところが日本に一番近く、日本企業も多く進出しているロサンゼルスが鳴かず飛ばず。市川氏は97年にシドニーからロサンゼルスに異動する。

無名だった「世界に冠たる新幹線」

 まず取り組んだのは、州政府に対して新幹線やリニアを知ってもらうことだった。

 実は1980年代には、カリフォルニア州で高速鉄道建設の熱が高まったことがある。当時の国鉄にも技術支援要請が寄せられ、技術者も常駐させたが、結局、州政府側に資金調達のめどが立たず立ち消えになる。

 ただ、推進派はしぶとくチャンスをうかがっていた。98年に100万ドルの調査予算を州が認めたことで再び活気を取り戻し、JR東海にも支援要請が来た。ところが、紆余曲折の末に計画はまたもや立ち消えになる。

 そんな経験を通して市川氏は、鉄道建設のような長期・巨額プロジェクトを軌道に乗せて成功させるためには国家としての大きな意思決定が必要不可欠だと痛感することになる。

 米国50州すべてを訪れて地元の人と話すうちに、高速鉄道プロジェクトの可能性を確信するようになっていたが、この広大な国を俯瞰して政策を決めるワシントンを説得できなければ何も進まないと悟ったのだ。

コメント4件コメント/レビュー

この記事を従来の日米関係を持続するための努力と読むのはいかがなものでしょうか。少なくとも鉄道関係の方にとってアメリカは広大な未開拓市場になり得るでしょうし、その他の分野においても将来いろいろな国の政策・方針を決定しうる立場に立つ可能性が高い人間が高密度で集まっている世界有数の場所である事は間違いないと思います。こういった活動を世界各地で行う事、少なくとも日本に閉じこもって人の批判をしているよりは有益ではないでしょうか?(2010/06/06)

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この記事を従来の日米関係を持続するための努力と読むのはいかがなものでしょうか。少なくとも鉄道関係の方にとってアメリカは広大な未開拓市場になり得るでしょうし、その他の分野においても将来いろいろな国の政策・方針を決定しうる立場に立つ可能性が高い人間が高密度で集まっている世界有数の場所である事は間違いないと思います。こういった活動を世界各地で行う事、少なくとも日本に閉じこもって人の批判をしているよりは有益ではないでしょうか?(2010/06/06)

「鉄道事業に携わる者としては、日米同盟あってこその安定運行だという思いがある。」とのことですが鉄道事業に関わる人の中でも特異な意見だと思います。安全運行と日米同盟はあまり関係無いです。(2010/06/05)

地道に仕事を続ける姿は日本人ならでは、とは思いません。おそらくどこの国のビジネスマンも努力は怠らない。でも、日本人にしかできない気配り心配りがビジネスで功を奏すのは、やはりお互い人間と人間の付き合いが基本にあるということでしょう。でも、日米同盟なしに新幹線は走らされない、の見方は納得できません。これからの日米関係を考え直す時期に来ているのです、好むと好まざるとにかかわらず。旧態依然とした寄りかかり体勢ではお寿司の食い逃げになるかもしれません。(2010/06/04)

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