2010年4月1日、安徽省太和県李興鎮の程寨村で程保平という85歳の老人が餓死しているのが発見された。貧困のために結婚もできずに程保平の世話をしていた1人息子の程好山が3カ月前の1月に60歳で病死した後、程保平は誰からも忘れられ、2年前に火事で焼けた自宅の跡に建てたバラックの中で空腹を抱えたままあの世に旅立ったのだった。
病死した程好山には900元(約1万2000円)の現金が残されていたが、村役人はこれを程好山の葬儀費用として使い果たしただけでなく、その父親が存命であることも失念したため、程保平はなんらの保護を受けることもなく、誰からも見取られることもなく、一人寂しく孤独の死を迎えたのだった。程保平が餓死した責任を追及された村役人は平然と「(世話をするべき)子供が(死んで)いないのが悪い」と述べたという。
3カ月交代で息子たちが世話することになったが
それから8日後の4月9日、北京市通州区の張辛庄村で80歳を超えた老婆の柴玉吉が自宅で餓死しているのが発見された。玉吉婆さんの家は非常に狭く、電気も通じておらず、婆さんはローソクに頼って生活していたが、生前使っていたテーブルの上には息子や孫の写真が並べられていた。婆さんは5人の息子を育てたが、2006年に五男が病死したため、4人の息子が婆さんを扶養する義務を負っていた。
息子たちはそれぞれ独立して近隣に家庭を持っていたが、2007年11月に婆さんが不注意で左大腿骨を骨折したことで歩行が不自由となり、2009年の後半には扶養が必要となった。そこで、息子たち4人が相談した結果、1年を4人で割って3か月交代で婆さんの世話をすることで合意した。
しかし、最初に長男が母親を扶養することになった時点で、兄弟たちは母親の不動産を巡って論争となり、怒った次男が長男を殴って傷を負わる事態となった。このため村役場が兄弟げんかを仲裁し、長男には傷の養生をさせることとし、婆さんの世話は次男から始めさせることにした。
次男は2009年12月15日から今年3月14日まで婆さんの世話をしていたが、期限到来の2日前の3月12日に仲裁を行った村役人に次の順番となる三男に3月15日から婆さんの扶養を引き継ぐよう連絡を依頼した。ところが種々の理由で、村役人は三男に連絡するのを忘れてしまった。この結果、次男は三男に伝わっていると思い込み、一方の三男は村役人から連絡を受けおらずで、婆さんの扶養は宙に浮いてしまったのだった。この行き違いが原因で3月15日以降、婆さんは息子たちから忘れ去られ、身動きができずに腹を空かせたまま自宅で餓死したというのが真相であった。
遺棄罪が成立、2〜3年の懲役に
この玉吉婆さんの餓死は刑事事件となり、検察はまだ扶養の順番が来ていない四男を除く兄弟3人全員を母親に対する故意の遺棄行為が成立するとして起訴した。この母親を飢え死にさせた事件の裁判は速やかに行われ、3兄弟には次のような判決が下された:
【次男】三男への母親の扶養の引き継ぎを完了せず、母親を扶養する者がなく、死に至る危険性がある状況に放置したことは遺棄罪を構成する。よって懲役3年に処す。
【長男】次男が3カ月間にわたる母親の扶養を完了した後、「自分は関係ない」と母親のことを気にも留めず放置したことは遺棄罪を構成する。よって懲役2年半に処す。
【三男】扶養の引き継ぎに対して全く無関心で、扶養義務の履行を怠ったことは遺棄罪を構成する。よって懲役2年に処す。
3兄弟は上記判決を認めず、3人が共に上告したが、今後に予定される二審の結果が注目されている。この事件は中国の老人扶養に一石を投ずるものであり、その判決が厳しいものでなければ、中国社会に親の扶養義務を怠り老人を遺棄する風潮を助長しかねないことから、二審は上告を棄却して一審の原判決を支持するものと思われる。
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