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上海万博パビリオンの“第二の人生”

地方政府が観光施設などとして誘致、一部は競売に

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2010年11月5日(金)

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世博館的帰宿

経済観察報記者 万暁暁

10月31日、上海万博が閉幕した。7000万人を超える来場者を集めたパビリオンの数々は、まもなく万博会場という“仮住まい”を後にする。

 とはいえ、解体されて消え去るわけではない。外国のパビリオンは、中国の地方政府が友好関係の記念や外資企業の投資促進を目的に移築誘致を目指している。全国の省政府や市政府が建設した国内のパビリオンも、それぞれの地元に運ばれてテーマパークや万博記念館として“第二の人生”を送る。

 外国パビリオンの移築誘致で、今のところ最大の成果を上げたのが河北省滄州市だ。10月26日、滄州市はスロバキア館の建物と展示物の無償贈与を受けることでスロバキア政府と合意した。その10日前には、チェコ館を1100万元(約1億3750万円)で買い取ることにも成功した。スロバキア館とチェコ館は滄州市のニュータウンに移築され、来年10月の国慶節に再オープンする予定だ。

チェコ館とスロバキア館は河北省に移築

 滄州市が外国パビリオンを2つも獲得できた背景には、両国との“ゆかり”の深さがある。1950年代に当時の国家副主席の朱徳が視察団を率いて東欧を訪問した際、チェコスロバキア政府は10万ムー(約6670ヘクタール)の土地を耕せる農業機械と資材を中国に寄贈した。中国政府は滄州市に新たに国営農場を開設し、周恩来首相が「中国チェコスロバキア友好農場」と命名した。

 チェコとスロバキアの新任大使が中国に着任する際は、最初の視察地の1つとして同農場を訪れるのが慣例になっている。今回のパビリオン誘致でも、農場長の呂振華が両国政府との交渉で大きな役割を果たした。

 スロバキアのイヴァン・ガシュパロビッチ大統領は、パビリオンの滄州市への移築を大いに支持した。チェコ館は他の地方政府からも誘致の申し出があったが、チェコ政府は中国との友好の証として滄州市への売却を決めた。

 「移築後のパビリオンは、両国との歴史的な友好関係の象徴としてだけでなく、観光資源としても大いに期待している」と、滄州市政府の関係者は話す。既に2人の建築技術者を万博会場に送り、パビリオンをスムーズに移築するための準備に余念がない。

 湖北省武漢市も、歴史を手がかりに外国パビリオンの誘致活動を進めている。同市の漢陽区にある「張之洞と漢陽鉄廠博物館*」の館長を務める顧璧階は、上海万博の開幕直後からルクセンブルク館の誘致を地元政府に働きかけた。鉄鋼強国のルクセンブルクは、100年余り前に20名以上の技術者を中国に派遣し、漢陽鉄廠の建設を手助けした。中華人民共和国の建国後も武漢鋼鉄などの鉄鋼メーカーを支援し、張之洞と漢陽鉄廠博物館の設立にも協力してくれた。

*張之洞は清朝末期の政府高官で、洋務運動の中心人物の1人。漢陽鉄廠は張之洞が創設した中国初の製鉄コンビナート。その後身である武漢鉄鋼グループが、2006年に両者を記念する博物館を開設した。

 顧璧階の提案に、漢陽区の政治協商会議が支持を表明。武漢市は「中国ルクセンブルク友好園」を設立してパビリオンを誘致する計画だ。

 滄州市や武漢市のような“ゆかり”がなくても、外国パビリオンの誘致を希望する地方政府は後を絶たない。

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