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劉暁波のノーベル平和賞をめぐるネット上の攻防(後編)

2010年12月27日(月)

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 では中国政府はなぜ、ここまで「08憲章」を恐れるのか。
 なぜ、ここまでノーベル平和賞を否定するのだろう。

 それを分析するために、「08憲章」の正体とその経過を見てみよう(関連情報)。

「08憲章」とは何か

 まず、なぜ「08憲章」という名称が付いているかというと、2008年にネット公開したからである。正式には「零八憲章」だが、ここでは便宜のため「08憲章」で統一することとする。発布の日付は2008年12月10日。しかし起草者が、身の危険が迫っていることを予感しただけでなく、発表自体も危ぶんだため、前日の9日に公開した。その懸念は的中した。中国政府は、劉暁波を8日に拘束し、その翌日から彼の家を厳重な監視下に置いた。08憲章は間一髪の判断で日の目を見た。最初からギリギリの滑り出しだったと言うことができよう。
 
 2008年は中国立憲100周年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30周年に当たる。また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名してから10周年に当たる年である。その意味で2008年に発表する十分な理由があった。特に12月10日を発布日としているのは、世界人権宣言が公布された1948年12月10日に合わせたかったからだろう。

 内容的な特徴としては、前回も少しだけ触れたように、中国の現政権を「党天下」として糾弾し、憲法の条文では保障されているはずの「自由、人権、平等、共和、民主、憲政」などが、実際は共産党と政府の管轄下における自由と権利でしかないことを指摘している。

 そして、司法が共産党の管轄下にあること、軍隊(中国人民解放軍)が共産党に所属していることを批判し、「司法の独立」と「人民解放軍の国軍化」を主張している。

 中でも注目すべきは「連邦共和」に関する主張に「責任ある大国のイメージをつくる」という文言があることだろう。この言葉はきっと多くの国の共感を呼ぶに違いない。特に日本では尖閣問題や日中首脳会談問題などにおける中国の言動を経験しているので、この主張は切実な意味を持つのではないだろうか。「08憲章」公開の目的は言うまでもなく「中国の民主化」にあり、憲章は「政治の民主改革はもう先には延ばせない」と結んでいる。

空白の12日間

 では、中国政府は「08憲章」に対して、ネット公開時点でどのように反応したのだろうか。

 実は非常に摩訶不思議なことが起きている。

 誰が見てもこれはまずいことになるだろうと思っていた「08憲章」だが、政府はその中心人物である劉暁波を公開前に拘束しておきながら、厳しいネット言論の検閲の下、なんと12日間も「08憲章」をネット空間から削除せずにいたのである。

 筆者は当初はその理由が分からず「わざと放任して署名者が増えていくのを追いかけ、後で逮捕するために泳がせている可能性がある」と日経ビジネスオンラインの連載記事で推測した。

 しかし、実際は必ずしもそういうことではなかったようだ。

 2009年1月15日付の「博訊」によれば、「08憲章」の内容があまりに「政治的に敏感な」問題であったため、どの部局も責任を持ちたがらず、次々と上に報告して判断を仰ぎ、ついに胡錦濤国家主席の手元にまで上がっていったらしい。

 どう扱うべきか何度か会議が開かれ、12月20日前後に開かれた中共中央政治局会議では「これは(1989年の)六四天安門事件以来の中国共産党に対する宣戦布告だ!」という強硬論が飛び出したが、胡錦濤は「我が党の転覆を図るような(外部敵対)勢力には絶対に手を緩めてはならない。しかし群衆の中から沸き起こった体制内の異なる意見に関してはまず聞き、その後、意思疎通をして教育あるいは批判をしていかなければならない」という慎重な姿勢を示したようだ。胡錦濤の意図は「民意を把握する必要がある」、「騒ぎすぎるとかえって事を荒立てる」ということだったのだろう。

 中国政府は、署名者一人ひとりに対する事情聴取を水面下で行った。筆者が直接会った鉄流もその一人だ(参照記事)。ネットで公開された後、「08憲章」署名者の増加の勢いは、この一人ひとりに対する事情聴取と劉暁波の拘束により伸び悩んだ。もちろんこういった文章に対する実名署名は中国では命懸けだ。そうでなくとも躊躇(ちゅうちょ)する。ましてや公安の捜査が始まったことを知った後では、よほどの勇気がないと署名はしない(日本の中国研究者の中には、署名者数が1万前後であることをもって、「だから大した影響力はない」と論評している者がいるが、これは適切ではない)。

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「劉暁波のノーベル平和賞をめぐるネット上の攻防(後編)」の著者

遠藤 誉

遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

筑波大学名誉教授

1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士。中国で国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、日本では内閣府総合科学技術会議専門委員などを歴任。2児の母、孫2人。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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