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「原子力選挙」で環境政党が圧勝

福島第1原発事故とドイツ人の過剰反応

2011年4月22日(金)

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 普通ドイツの政治家は、なかなか原則を変えたり、過ちを認めたりはしない。簡単に意見を変えることは、市民から性格の弱さを反映するものと見られるからだ。その意味でメルケル氏が原子力をめぐる姿勢を、短期間で180度変更したのは珍しい。

 この「転向」の背景には、BW州での重要な選挙が12日後に迫る中、反原発派である緑の党とSPDが福島の事故を利用して、得票率を増やすのを防ぐという、CDU党首としての計算もあったのだろう。震災の翌日には、緑の党が環境団体とともにBW州の原発の周囲で抗議デモを繰り広げ、SPDのガブリエル党首は「福島の事故は、原子力時代の終焉を示すものだ」と述べていた。

 だがメルケル首相の「転向」も有権者を引き止めることはできなかった。BW州の有権者は、CDUが半年前に原子炉の稼動年数を延長したことを許さず、雪崩を打って緑の党に投票した。彼らはメルケル政権の原子力政策にはっきりと「ノー」の判断を示したのである。

 ある有権者は「私は原子力発電所からそれほど遠くない所に住んでいますが、過去20年間には常にCDUに票を入れてきました。しかし私は間違っていました。今回は、初めて緑の党に投票しました」と語った。彼も福島の事故の映像を見て、「転向」した市民の一人である。世論調査機関インフラテスト・ディマップの調査によると、彼のようにCDUから緑の党に鞍替えした有権者の数は、8万7000人にのぼった。BW州の選挙は、原子力に関する一種の「国民投票」となったのである。ドイツでも、有権者が 1つのテーマをめぐってこれほど明確に民意を表現した選挙は珍しい。

ドイツ人の不安

 緑の党の地すべり的勝利を可能にしたのは、ドイツ市民の「不安」である。3月11日以降、ドイツの一部の報道機関は、巨大地震と津波、福島第1原発の事故をセンセーショナルに伝えた。大衆紙の一面には「Armageddon(この世の終わり)」、「Apokalypse(黙示録)」、「Alptraum-AKW(悪夢の原発)」といった見出しが乱舞し、「福島の放射能はドイツにも来るか?」という記事が人々の不安をかきたてた。

 日本からの食品に ついての懸念を強調する記事もあった。消費者センターなどには、日本からの食品の放射能汚染について市民からの問い合わせが相次いだ。

 民間テレビ局のニュース番組は、震災直後、正確な情報が不足していた時から、福島の事故がチェルノブイリ並みの事故になると決めつけているという印象を与えた。こうした番組でインタビューされる識者のほとんどが、グリーンピースなど反原子力派の人々であった。あるテレビ番組でインタビューされた専門家は、3月13日の時点で「炉心溶融が起きるだろう」という悲観的な見方を示していた。

 私はドイツに21年前から住んでいるが、日本がこれほど集中的にドイツのマスコミに取り上げられたことは、21年間に一度もなかった。ドイツのマスコミは歯に衣を着せないし、批判精神が日本のマスコミよりも強い。私はNHKで地方支局に配属される前の研修を受けている時に「災害報道では“安心情報”の伝達も重要」と習ったが、ドイツのマスコミはそんな配慮をほとんど行なわない。むしろ事実を包み隠さず伝達して、判断は視聴者に任せる。外国で起きた災害であるだけに、十分に裏づけされていない情報が垂れ流しになっていたこともあった。

 ドイツでは想定し得る最悪の事故のことを「GAU」(grösster anzunehmender Unfall)と呼ぶ。さらにチェルノブイリ事故のように、大きな被害をもたらした事故はSuper-GAU(超重大事故)と呼ばれる。この言葉は、日常生活の中でも「とりかえしのつかない不始末」という意味でよく使われる。

 ドイツのニュース番組では、震災の直後からSuper-GAUという言葉が福島の事故について使われていた。このためドイツでは、福島から1 万キロも離れているにもかかわらず、放射線測定器やヨード剤を買い求める人が増えた。日本にいる日本人の中には、「ドイツ人の友人から“早く日本を脱出してドイツへ来い”とか“ヨード剤やビタミン剤を用意しろ”というメールをもらった」という人もいる。

 ドイツの言論人の中にも、こうした報道姿勢に首をかしげた人がいた。経済誌「Wirtschaftswoche(ヴィルツシャフツ・ヴォッヘ)」の Roland Tichy(ローラント・ティシー)編集長は3 月下旬に、犠牲者に対する哀悼と日本国民への連帯の意を表わす声明を同誌のウェブサイトに発表したが、その中でドイツの震災報道を厳しく批判した。彼は大災害にあっても冷静さを失わない日本人に感嘆する一方、「ドイツの公共放送は黙示録のような恐怖感を煽っています。多くのジャーナリストが事実と憶測を区別せずに報道しており、(原発事故が)最悪の事態になると最初から決めつけています。私は同業者として恥ずかしく思います」と告白した。

コメント15件コメント/レビュー

 熊谷さんの飄々とした筆致の諸著作は、常々面白く読んでいたので、今回、日経ビジネスウェブでも折々最新の評論が読めるようになったのは嬉しい限りです。NHK神戸支局当時から異色の活躍ぶりでしたし、ドイツ語の堪能なことは有名でしたが、のちのちドイツに定住されるとは「想定外」でした。毎月の掲載が楽しみです。(2011/04/25)

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熊谷 徹

熊谷 徹(くまがい・とおる)

在独ジャーナリスト

NHKワシントン特派員などを務めた後、90年からドイツを拠点に過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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 熊谷さんの飄々とした筆致の諸著作は、常々面白く読んでいたので、今回、日経ビジネスウェブでも折々最新の評論が読めるようになったのは嬉しい限りです。NHK神戸支局当時から異色の活躍ぶりでしたし、ドイツ語の堪能なことは有名でしたが、のちのちドイツに定住されるとは「想定外」でした。毎月の掲載が楽しみです。(2011/04/25)

我が国で毎年行われている原子力総合防災訓練は、時の総理大臣が本部長で、国や自治体、電力会社、住民も参加します(経産省からのプレスリリースがあります)。昨年10月に行われた訓練は、「原子炉の全ての冷却機能が喪失し、放射性物質の放出のおそれがある事態」を想定したものでした。今回の福島第一原発と同じですね。今回、訓練通りに対処できたんでしょうか、できなかったんでしょうか、やらなかったんでしょうか?(2011/04/24)

日本なら、もし他国で事故が起きたら、「それはその国がずさんだからで、日本では事故は絶対にありえない」と言い、安全を見直すこともしないでしょう。他人のふりを見てわが身を考えることができる国がうらやましい。(2011/04/22)

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私自身もブラックベリーとともに育った人間。そんな会社がそのまま消滅するのを見たくなかった。

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