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「幸せの範囲」が広いほど楽しくなる

ブータン人の「幸せ力」を探る(1)

  • 御手洗 瑞子

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2011年6月23日(木)

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 ブータンの幸せ。それはよく政府が目標に掲げるGNH(国民総幸福度)に関連付けて語られています。

 確かに、ブータンが政治の理念として掲げるGNHはとてもユニークです。ただ、ブータンで一生活者として暮らしていると、それより何より、ブータンの人たち自身の「幸せ力」というものを日々感じます。日本人である私がブータンで彼らと同じ暮らしをしていても、彼らの方がずっと、幸せを感じる力が強い。嫌なことがあっても、それを心の中で処理するのが上手なのです。

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何かを愛し、働き、星を見上げることができる

 先日、ブータンの友人がフェイスブックにこんなことを書いていました。

 「生きていることを喜ぼう。生きていることで、何かを愛し、働き、星を見上げることが、できるじゃないか」

 時間を見ると、朝の9時少し前。職場に早めに来て、仕事前に書いたようでした。彼は、政府関連機関に勤めていますが、彼の職場は、端から見ていても、そこまで恵まれているとは言い難いものがあります。見ていると、理不尽なことが山ほどある職場です。

 先日も、彼の所属する組織が、内閣からある落ち度を問われたことがありました。この時、組織は彼個人の責任であるかのようなふるまいをしたため、彼は批判を一身に背負ってしまいました。組織や上司を恨んでも仕方がないような状況です。

 そんな彼が、ある日、生きていることを喜ぼう、生きているから働けるのだから、と書いていた。それも、さらっと、当たり前のことを言うように、書いていた。

 本当にすごいなと思い、また、ブータンらしいなとも思いました。まさに、この友人も「幸せ力」が高いのだなと。

来世のために祈り続ける

 では具体的に、ブータンの人々はどんな「幸せに対する感覚」を持っているのでしょうか。ブータンで暮らして気づいた例をいくつかご紹介したいと思います。

 私が暮らすブータンの首都ティンプーには、メモリアル・チョルテンと呼ばれる仏塔があります。これは、ブータンの第3代国王のために1974年に建てられたものです。このメモリアル・チョルテンに行くと、いつも昼間から大勢のおじいちゃん、おばあちゃんたちでにぎわっています。

 チベット仏教を信奉するブータンでは、輪廻転生が信じられています。ここには、年を取って畑仕事などができなくなったお年寄りが来ては、来世でいい人生を送れるよう、祈りを捧げ功徳を積みます。

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 仏塔の周りを歩き、巡礼している人たち。人の背丈より大きなマニ車(お経の書かれた円筒。1度回すと1回お経を唱えるのと同じ功徳が積める)の横に座布団を敷いて陣取り、一日中、マニ車を回し続ける人たち。

 中には、定年退職したばかりの人なのか、そんなに年を取っていない、まだまだやれることがたくさんありそうな人たちもいます。でもそういった人たちも、残りの現世をどう楽しく過ごすかではなく、ひたすら、来世のために仏塔の周りを回り、マニ車を回します。

 まだまだ現世の人生もあるのに、この人たちは、毎日毎日、ずっと来世のために祈っているんだ――。それは、私にとっては新鮮な感覚でした。

 職場の同僚と、お葬式での祈りについて話したことがあります。まだ20代の彼女は「ブータンのお葬式で祈りを捧げる時、それは死者のためのものではないのだ」と言います。

コメント14件コメント/レビュー

人は独りで人間になるわけではありません。人々は集団で暮らして来たのであり、一人一人の人はその人の属する共同社会の一つの発現です。一人一人の人の背景には共同社会の膨大な恩恵と遺産が存在するのです。我々の話す日本語も一夜にして出現した訳ではありません。ブータンの人はそれを直感と経験から理解しているのでしょう。現代人、特に日本人は、資本主義イデオロギーと近代個人主義イデオロギーに余りにも毒されているのではないでしょうか。或は、所謂進歩的文化人は、近代個人主義と(資本主義イデオロギーのアンチテーゼである)マルクス主義的風潮に毒されているのでしょう。もう一度、我が国の共同社会と共同体神話を見直して見ましょう。人生が空しいものではなくなるでしょう。(2011/06/28)

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いただいたコメント

人は独りで人間になるわけではありません。人々は集団で暮らして来たのであり、一人一人の人はその人の属する共同社会の一つの発現です。一人一人の人の背景には共同社会の膨大な恩恵と遺産が存在するのです。我々の話す日本語も一夜にして出現した訳ではありません。ブータンの人はそれを直感と経験から理解しているのでしょう。現代人、特に日本人は、資本主義イデオロギーと近代個人主義イデオロギーに余りにも毒されているのではないでしょうか。或は、所謂進歩的文化人は、近代個人主義と(資本主義イデオロギーのアンチテーゼである)マルクス主義的風潮に毒されているのでしょう。もう一度、我が国の共同社会と共同体神話を見直して見ましょう。人生が空しいものではなくなるでしょう。(2011/06/28)

宗教や信仰心に帰結するコメントが多いが、それはどうだろうか。幸福とは心の状態であり、また所属する社会との関係の質でもあると考える。宗教と信仰、思想と知識がこれを助けるのは確かだと思う。しかし、素朴な民の多くがこれを具えているという記録は随所に見かけるし、私の幼い頃の記憶に残る農家のおばちゃんの幸福を記述すれば本記事に近い。そして同じ素朴な民が民族紛争を起こした歴史もある▼個人的には、筆者の"幸福の範囲を広げる"という仮説は一面で正しいと思う。自分一人が幸福になるなんてことは原理的にありえないからだ。人間は社会的動物だからして。来世に期待をかけるやり方の是非はなんともいえないが、少なくとも自分の為に祈る心根が幸福へと導くことがないということは、名著を2~3読めばだいたいわかるのではなかろうか▼そしてそれは、経済規模がいくらであろうが実践は可能だ。そんなに難しい話では無い。ただ、それが自らの幸福に繋がると信じられない人が増えてきたこと――科学技術信仰が宗教信仰にとって変わった一方、宗教以外にそれを勧める思想が先進諸国に無かったというだけの話なのではないだろうか、と私は思う。(2011/06/27)

幸せの範囲が広い方がより幸せを感じ取れることにいたく同感します。私も世間から幸せそうに見えると言われることが多いのですが、ブータンの人に近い考え方を持っていることがわかりました。「輪廻転生を信じる。現世で全てを全うしようとは考えない。現世は修行期間であり、修行は来世への糧となる。自分一人が幸せなだけでは幸せを感じられない。長く生きるよりどう生きたかを意識する。」などです。最近は原発問題などで現世の利益のみを主張している人を見ると悲しくなります。日本人の平均像からするとやや浮世離れしているといわれるかもしれません。同じ状況下におかれていても幸せと感じる人とそうでない人がいる。温泉旅館へ行ってここが悪いあそこが悪いと批判ばかりの人とあそこが良かったここが良かったと嬉しそうにしている人がいる。せっかく楽しみにしている旅行に行ったのに批判ばかりではもったいないなぁーと思います。幸せを感じられるかは幸せ感に対してマイナス思考プラス思考ということで考えることも出来ますね。(2011/06/27)

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三品 和広 神戸大学教授