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アジア一体化、福岡をハブに

【第3回】麻生渡氏(元官僚、政治家)

  • 川村 雄介

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2011年7月12日(火)

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 麻生渡氏は、官僚トップを務めた後、長らく福岡県知事、全国知事会長として日本の地方自治を引っ張ってこられた。国の仕組みと地方自治の現場の両方に通暁されている人物である。

麻生渡氏

 福岡は歴史的にアジア、とりわけ中国との関係が深い。平安時代にこの地に設けられた鴻臚館(こうろかん)は唐や新羅との外交、交易の窓口であった。

 伝承にも中国起源と思わせる話がある。同県大牟田市といえば三池炭鉱で栄えたが、三池の名の由来は一説にこう言う。

 昔、村の奥に悪い大蛇が生息し、村娘を生贄に求めてきた。村人たちが嘆いていると、有明海から巨大な蟹が上陸してその大きなはさみで大蛇をちょっきん、ちょっきん・・・。3つに切断された大蛇の遺骸が溶けて3つの池になった(蟹は沢蟹だという説も有力だが、大蛇相手にはいかにも小さい)。

 これと瓜二つの伝説が中国の大連に語り伝えられている。有明海を渤海湾に読み替えればほとんど同じ。25年前に、大連の海岸で、巨大な蟹の甲羅に座している乙姫様のような娘の石像を認めたときには、三池伝承のルーツを発見した思いだった。

江蘇省との交流が中心

 さて、麻生氏である。氏は京都大学に入学するや、中国研究会に入られた。当時、中国は大躍進政策に続く激動の時代だった。日中の国交はまだ樹立されていなかったが、「いずれ非常に大事な国として発展する。しっかり研究しておかなければいかん」と強く意識されたという。大学卒業後は当時の通商産業省に就職、ここでも中国に巡り合う。官房企画室に配属されると「おまえ、中国語の勉強をしておけ」と指示され、半年とはいえ特訓を受けた。

 だが、本格的な中国とのお付き合いは、福岡県政時代である。4期16年間にわたる知事在任中、麻生氏は実に多くの施策を実行されてきた。その重要な1つが中国との交流だった。

 「江蘇省との交流が中心になっていました。経済関係はもちろん、青少年の交流、環境、文化の関係が盛んです。九州国立博物館における博物館交流が好例です。また、南京の中山公園に日中友好桜花園を作りました。桜の木が2000本くらいあり、福岡から花見に行こうという動きが毎年あります。一方、県立公園の中に、貴重な太湖の湖底石を使った江蘇省の庭ができています」

 長い交流の中で一番印象深いのは、何といっても中国の躍進ぶりだという。かつて野宿の出稼ぎ労働者がたむろしていた南京駅は、見違えるように立派な駅舎に変わっていたそうだ。

知事時代に打ち出した「アジア特区構想」

 中国では公的セクターのリーダーシップが非常に強い。他方、日本では国と地方自治体の関係について盛んに議論されている。

 「中国では、中央政府の力がますます強まったと思います。中央政府の大きな政策があり、それぞれの枠のなかで地方がいろいろ実行するんですが、税制が変わったというのが非常に大きいのではないでしょうか。中央政府が独自の徴税機構を持つようになりました。日本においては、是非、地方分権を思い切って進める必要があると思います。高齢化社会や少子化問題への対応は各地域に合った形でやっていくことにしなくては、いい社会を作れない。グローバル社会との関係でも分権化が必要。国の役割は、世界標準を作る時にどれだけ積極的に発言しリーダーシップを取っていけるかということ。そこに国の活動の重点を移すべきです」

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