「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」

19年間捜し求めた我が子は米国にいた

「捨てられた」と思い、国際養子縁組で海を渡った

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2011年7月15日(金)

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 江蘇省の夕刊紙「揚子晩報」は2011年5月11日付で『19年にわたる不思議な子捜しの記録、子供は米国人にもらわれていた』という記事を掲載した。この記事は非常に大きな反響を呼び、読者から多数の投書が殺到したため、同紙は5月12日、13日と連日にわたって記事に関する疑問の解明と記者による追跡リポートを掲載し、6月28日にはその後の推移を報じた。同紙が報じた「子捜し」の全貌を取りまとめると次の通りである:

ワンタンを食べ始めた息子を残し

 安徽省蕪湖市繁昌県は省都・合肥市から南東に直線距離で約120キロメートルに位置する農村である。1992年、その繁昌県の新林郷郭仁村の農民“李緒文”は妻の“付桂花”と長男の“李祥”を連れて生まれて初めて出稼ぎに出た。李祥は1987年生まれで当時5歳、3歳年下の次男“李順”は実家の祖父母に預けていた。出稼ぎ先は江蘇省の蘇州市にある建築現場で、李緒文は左官、付桂花は下働きとして働いた。

 建築現場で働き始めて数カ月が経過した1992年の5月、農繁期が近づいたので、妻の付桂花は実家に戻って農作業を手伝う必要があった。また、長男の李祥も間もなく6歳になることから、実家に戻って小学校入学の準備をしなければならなかった。5月15日の夜10時過ぎ、李緒文は鉄道の蘇州駅まで妻子を見送り、列車の中から手を振る2人に別れを告げた。2人の乗った列車は翌日の早朝に南京駅に到着し、南京駅で蕪湖行きの列車に乗り換える。乗り換えは1回だけで、何も問題のない列車旅である。李緒文は何の心配もなく2人を見送ったのだったが、それが李祥との別れになろうとは思ってもみないことだった。

 5月16日の早朝、列車は南京駅に到着し、付桂花と李祥の親子は下車した。李祥が空腹を訴えたので、程なくして南京駅付近でワンタンの屋台を見つけた付桂花は1杯のワンタンを注文して李祥に食べさせた。ワンタンを美味しそうに食べ始めた李祥が「母ちゃん、喉が渇いた」と言うので、付桂花が李祥のお椀を見るとまだ半分以上残っている。水はどこかで買ってくるしかないが、その近辺にはお店はない。近くの店を探して水を買って来るには少々時間がかかるだろうけど、李祥はワンタンを食べているから問題ない。気軽にそう判断した付桂花は、李祥をその場に残したまま走って水を買いに出かけた。ところが、水を買った付桂花が4〜5分後に屋台の場所に戻ってみると、そこには李祥の姿はなかったのである。

事実を受け止められず記憶喪失に

 李祥はどこ。どこに行っちゃったの。見つからない、どこにいるの。付桂花は気の狂ったように安徽省の方言で叫びながら、李祥を求めてあちこちを探し回った。筆者にもこれと同じような経験がある。1988年当時、北京に駐在していた筆者一家は年末年始の休暇を香港で過ごした。香港に到着して3日目であったろうか、あるショッピングセンターでちょっと目を離した隙に当時3歳の娘が突然いなくなった。筆者の脳裏をよぎったのは誘拐されたのではという不吉な予感。妻には6歳の息子から目を離さないよう言いつけると、娘の名前を呼びつつショッピングセンターの中を必死で走り回った。筆者にはものすごく長い時間に感じられたが、実際は5〜6分ほどであっただろうか、息子と一緒に娘を探していた妻がふとショッピングセンターの外に設置されていた遊園地の方を見ると、娘が1人でジャングルジムに上って楽しそうに遊んでいたのだった。娘を捜し回る筆者は顔面蒼白で目を血走らせて狂人のようだったと、今でも妻は筆者をからかうが、筆者には付桂花の気持ちがよく分かるのである。

 その日は、李緒文一家にとって最悪の日となった。大事な息子が行方知れずとなったばかりか、母の付桂花は息子を見失った事実を受け止めることができずに精神に異常を来して記憶喪失となってしまったのだった。1992年当時はまだ通信が不便で、電話による連絡も容易ではなかったし、李祥文一家は初めての出稼ぎに出て間もないこともあり、蘇州の現場にいる李緒文や蕪湖の実家にいる祖父母が南京で付桂花と李祥の身に起こった事態を知る由もなかった。

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著者プロフィール

北村 豊(きたむら ゆたか)

北村 豊

住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト
1949年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。住友商事入社後、アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、2004年より現職。中央大学政策文化総合研究所客員研究員。中国環境保護産業協会員、中国消防協会員



このコラムについて

世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。

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