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「金声玉振」・・・商売上手な孔子の高弟

第1部 最終回.山東省曲阜市

  • 舩橋 晴雄

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2011年9月20日(火)

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■儒教と中国人

 静かに雪が降っている。

 孔林、孔子一族の墓域は、一面の銀世界だ。孔子の墓は、広い孔林のほぼ中央にある。その土饅頭の前には、「大成至聖文宣王墓」と刻んだ石碑が建っている。よく見ると、何箇所か砕片を繋ぎ合わせた跡がある。文革の最中、「批林批孔」の嵐が吹き荒れた際の傷跡である。

 山東省曲阜は、魯の国の都だった。魯の国は、周の武王の弟、周公が封じられて建てられた国である。周公は孔子の尊崇篤かった人物で、晩年自らの衰えを「吾れ復た夢に周公を見ず」と比定している。孔子にとって周公は「礼楽」の制作者と捉えられている。尭・舜・禹・湯王・文王・武王そして周公の7名が、「古代の聖王」(先王)として、「礼楽」を作り上げたというのである。

 「礼楽」とは多義的な言葉だが、ここでは、礼儀や音楽のように、それに則っていると人心が陶治されるようなものであると考えておくことにしよう。そして、儒教とは「礼楽」の具体的な実践を基本とする教えであるといえるだろう。

 もとより孔子以前にも「儒」は存在した。「原儒」は招魂再生の儀礼を司る巫祝(シャマン)であったと考えられている。

 しかし、儒教はそれ、即ち人々の霊魂観をベースに、壮大な宗教としての体系を作り上げたものであり、その大成者が孔子であったのである。諡名(おくりな)に「大成」が冠されているのも、故なしとしない。

 文革の嵐は遠い昔へ去り、現在の中国では、孔子復権の動きが顕著である。そしてその動きは中国経済の拡大と軌を一にして、2021年に予定される孔子没後2500年祭で最高潮に達するであろう。

 中国人にとって儒教とは何なのか、その経済の仕組みや組織のあり方に、儒教はどのような影響を与えているのか、さらに、そのことはこれからのグローバル世界にどのような意味を付与することとなるのか、こんな大問題は歴史エッセイの範囲を遙かに超えるが、筆者としては無関心ではおれない。本稿に限らず、折に触れて考えていくこととしたい。

 まず第一点、中国人にとって儒教とは何者であるかを感じとるには、この曲阜で「三孔」を訪れるにしくはない。「三孔」とは、孔廟、孔府、孔林であり、孔廟は孔子を祀る社(やしろ)であり、孔府は孔子子孫の居館であり、孔林は孔子一族の墓所である。孔廟を見る者は、皇帝もかくやと思わせるその壮大さと、その回廊に配されるその門流の賢人、儒学者、政治家達の位碑の夥しさに圧倒されよう。孔府に足を踏み入れる者は、そこにへばりつくように漂う思想と歴史の重みに足が竦むような思いを禁じえないであろう。そして孔林では、死後も綿々と繋がるその宗教性の深さを知る。

 中国人にとって儒教とは、「封建道徳」でもなければ「葬式宗教」でもない。今なお自らの中に生き続ける思想なのである。

 では、経済という視点からみるとどうか。

 第1の論点は、儒教は経済発展につながるのかという点であろう。儒教によって培われてきた、勤勉の精神、節倹・立身の理想、教育の重視、合理主義の精神、利潤是定の思想などが、経済の発展を促してきたという考え方がある。この点は特に、東アジアの経済発展(日本、NIES〔韓国・台湾・香港・シンガポール〕、中国という雁行形態)の共通基盤として夙に注目されてきたところである。(例えば、余英時『中国近世の宗教倫理と商人精神』)

 2番目に、儒教原理に即した組織のあり方とはどのようなものかという問題については、家父長的な秩序思想、治者=エリートの選抜とその教育、血縁・地縁などをより重視するいわば人治社会(法治より徳治)などの特色が、今日なお中国のあらゆる組織に色濃く滲み渡っていることが指摘されるだろう。

 これらの論点に関する著作は、それこそ「汗牛充棟」、数え切れないほどあり、費やしうる紙数や筆者の能力は限られている。

 そこで本稿では、孔子の弟子子貢をクローズアップすることを通じて、その一端について考えてみることとしよう。

■孔子教団の大スポンサー

 孔子の数多(あまた)ある門人の中で、最も生彩を放っている双璧は誰かといえば、子路と子貢であろう。勇俠だがやや粗忽者の愛すべき人柄として描かれている子路、冷静沈着で何をなすにも有能な「瑚璉」(『論語』公治長篇)子貢、この2人は良き対照である。この2人に比べれば高弟といわれる顔回などは、優等生過ぎて面白味に欠ける。

 子貢は本名を端木賜といい、孔子より31歳年少であった。門下でも雄弁をもって鳴り、諸侯と交際し、孔子の死後はその墓の傍らに庵を結んで6年間の喪に服したとされている。

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