「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」

転倒した老人は助け起こすな

ネットユーザーは「善行をすれば裁判沙汰になる」と書き込んだ

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2011年9月16日(金)

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 2011年9月3日の朝、湖北省の省都・武漢市で88歳の李爺さんが自宅から100メートルの距離にある野菜市場前の路上で転倒し、顔面を地面に強打して、鼻血を出して動けなくなった。しかし、路上の人々は冷ややかに見守るばかりで助けようとせず、うつ伏せのまま路上に1時間以上放置された李爺さんは、鼻血による気道閉塞で窒息死した。

身体をあおむけにしてくれれば死ぬことはなかった

 9月4日付の湖北省紙「楚天都市報」は、この事件の詳細を次のように報じている:

 事件の目撃者である野菜市場でハスの花托(かたく)を売っている店主によれば、李爺さんは3日の朝7時半頃に市場の門前で転び、かばい手なしで地面に倒れたために顔面を強打した。うつ伏せに倒れた李爺さんは自分で立ち上がろうとしたが、力足らずで身体を起こすことが出来ず、鼻血を出しながら動けなくなった。李爺さんは市場の門前に1時間近くうつ伏せ状態で横たわっていたが、この時間帯は通行人が多いにもかかわらず、大勢の人々は李爺さんを取り囲んで見守るばかりで、進んで助けようとする人は誰もいなかった。

 8時20分頃になって、ようやく李爺さんの妻である周婆さんと子供が現場に駆けつけて李爺さんを助け起こし、急いで「120番」に電話を入れて救急車の出動を要請した。救急車は李爺さんが転倒してから1時間20分以上経過した8時40分頃に現場へ到着したが、李爺さんは流れ出た鼻血が気道を塞いだことにより窒息死していた。

 李爺さんの遺体は市内の“漢陽医院”に搬送されたが、突然に連れ合いを亡くして悲嘆に暮れる周婆さんは同医院でメディアの質問に応えて、「8時過ぎに近所の人から、うちの人が野菜市場の門前で倒れているとの知らせを受けて現場に駆け付けたが、まさか転倒して死ぬなんて思ってもみなかった。それにしても、どうし誰も助けてくれなかったのだろう。身体をあおむけにしてさえくれていれば、窒息で死ぬことはなかったのに」と述べた。10時頃には李爺さんの息子や娘、娘婿などが漢陽医院に到着したが、彼らは父親の突然の死に当惑し、「今では老人が転んでも、誰も助けようとしない。人を助けることを喜びとする美徳はどこに消えてしまったのか」と嘆くこと頻(しき)りであった。

善行をしようとする若者が誰もいなくなる

 こうした李爺さんの遺族の嘆きに対して、現場で李爺さんを取り囲んでいた群衆の多くは異口同音に、「善人にはなるべきではない」と述べていた。これは人々がメディアを通じて6日前に同じ武漢市内で発生した事件を知り、あの2006年に南京市で起こった「彭宇事件」の模倣犯の出現に恐れを抱いたからであった。その6日前の事件とは次のようなものだった:

 8月28日午後5時頃、胡さんが電動自転車に乗って武漢市内のある交差点に差しかかった時、目の前で、道路を横切ろうとした老婦人が転倒した。走ってきた自動車を避けようと、後ろに下がろうとした瞬間のことだった。「危ない」と思った胡さんは電動自転車を路傍に止め、老婦人に駆け寄って助け起こした。すると、驚くべきことにこの老婦人は胡さんが自分を転倒させたと断言したのだった。現場にいた3人の目撃者が胡さんに味方してくれたが、気がいい胡さんは200元(約2300円)を老婦人に渡して話をつけようとした。

 胡さんがあいにく現金を200元も持ち合わせていないことに気づくと、見ず知らずの人が80元(約1000円)を出して、これで老婦人と話をつけろと言ってくれた。すると、目撃者の1人である女性が「自分で転んだことは明白なのに、この人は助けてくれた胡さんのせいにした。善意の人に罪を着せるなんてことが許されて良いの。そんなことがまかり通るなら、今後善行をしようとする若者が誰もいなくなっちゃうでしょ」と強く反対した。そうこうするうちに警官が駆けつけて取り調べた結果、胡さんは無実と判断され、現場を離れることが許された。

 ところで、上述した「彭宇事件」とは何か。その詳細は2010年1月15日付の本リポート『傷つき、困っている人を助けてはいけない』を参照願いたい。概要は次の通りである:

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著者プロフィール

北村 豊(きたむら ゆたか)

北村 豊

住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト
1949年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。住友商事入社後、アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、2004年より現職。中央大学政策文化総合研究所客員研究員。中国環境保護産業協会員、中国消防協会員



このコラムについて

世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。

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