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詳細なデータなしで原発廃止を提言した報告書

「原子力リスクの分析を技術者だけに任せてはいけない」と判断したドイツ人(下)

2011年10月7日(金)

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 福島第一原子力発電所の事故から半年が過ぎ、ドイツの新聞やテレビも、福島原発からの放射性物質により、一部の地域で農作物や牛肉が汚染されている問題について、報道するようになった。市民の間で、福島県内の小学校や通学路の汚染に対する不安が高まっていることも報じられている。

一部のドイツ人は今も日本行きを拒否している

 不安を抱いているのは日本人だけではない。一部のドイツ人が、放射能汚染についての不安を理由に、日本への出張や転勤をやめたという話をよく耳にする。バイエルン州立歌劇場は今年9月23日から10月上旬まで東京と横浜でワグナーの「ローエングリン」などを上演している。しかし団員400人のうち約100人が、日本への出張を拒否した。

 歌劇場のニコラウス・バッハラー総裁と音楽総監督ケント・ナガノは事前に東京を訪れて情報収集をした後、団員に状況を説明。この結果、約4分の3の団員が日本公演に参加したが、残りは日本に行かない道を選んだ。私はドイツ人のリスク意識の高さや、事故発生直後のドイツのマスコミのセンセーショナルな報道を考えれば、総裁はよく300人の団員を説得できたと思った。それでも、団員の4分の1が「代打」では、熱心な日本のオペラファンの中には、不満を感じる人もいるのではないか。

 日本人として、一部の外国人がわが祖国に訪れるのをためらうようになってしまったのは、とても残念である。日本政府の外国へ向けた情報発信が、不十分であることも影響しているのではないだろうか。

 さて前回の当コラムでは、ドイツの原子炉安全委員会が「安全上の理由から原子炉を直ちに停めなくてはならない」とは鑑定書に一行も書かなかったにもかかわらず、社会学者や哲学者、宗教関係者などからなる倫理委員会が、原子力発電所の廃止を提言したことをお伝えした。メルケル首相は、技術者の鑑定結果よりも、原子力に無縁の人々の意見を重視して、2022年12月31日までに原発を完全に停止することを決めた。

 今回は、倫理委員会のメンバーがどのような議論を展開したのかについて、お伝えしよう。

全面否定派と比較考量派

 議論の中で、委員たちの意見は次の二派に分かれた。

  1. 「原子力エネルギーは、絶対に廃止するべきだ」という立場(全面否定派)
  2. 「原子力エネルギーのリスクを、他のエネルギー源のリスクと比較するべきだ」という立場(比較考量派)

 まず「原子力のリスクは大きすぎるので、廃止する以外に道はない」とする人々(全面否定派)の意見を見てみよう。

 彼らは、「福島事故は、リスクの概念について考えを改め、定義し直すことを我々に迫っている」と述べ、これまでのリスク評価の手法に疑問を呈した。リスクマネジメントの世界では、事故や災害のリスクを次のように数量化しようとすることがある。

リスク(損害の年間期待値)=(事故による損害の規模)× 事故が1年に起こる確率

 たとえばある事故が起きた場合の損害額を100万円と想定する。その事故は、10年に1度の頻度で起きると想定される。この事故が1年間に起こる確率は、10%となり、損害の年間期待値は100万円かける10%で10万円になる。

 この数式は、毎年どの程度の損害が予想されるかを表わす。保険業界などでも使われる伝統的な手法である。

 だが全面否定派の委員たちは、「この手法は原子力リスクの分析には十分ではない。むしろリスクの矮小化につながるので、受け入れることはできない」と考える。原子炉事故のリスクを評価するには、交通事故や飛行機事故などの経験に基づく分析手法を使うことはできないというのだ。

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「詳細なデータなしで原発廃止を提言した報告書」の著者

熊谷 徹

熊谷 徹(くまがい・とおる)

在独ジャーナリスト

NHKワシントン特派員などを務めた後、90年からドイツを拠点に過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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