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日本人を文明人として描きすぎた?

台湾発「セデックバレ」は反日映画か

2011年10月5日(水)

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 先日、所用で台湾に行ってきた。その折、台北で話題の映画「賽德克巴莱(セデックバレ)」(魏徳聖監督)を見てきた。前後編あわせて4時間20分、台湾史上最高額の7億台湾ドルの製作費をかけた文字通りの大作である。

 日本での公開を待たずに、いち早く見ておきたい、と思ったのは、一部でこの映画が反日映画、抗日映画だという評判が立っていたからだった。

前作はラブレターにも似た「親日映画」

 日本統治時代の1930年10月から12月にかけて起きた台湾中部の山岳先住民族(セデック族)による抗日暴動事件「霧社事件」を題材にしており、抗日プロパガンダ映画をいくつも政策してきた中国のメディアからも「殺戮場面が多すぎ、日本人を過剰に敵視している」(フェニックス・ネット)といった批判が出ていた。

 台湾といえば東日本大震災の被災地に200億円以上の義援金を送ったことからも推測されるように極めて親日的であるというのが私の理解だったので、台湾で反日映画が作られ、しかも大ヒットを飛ばしているというのが少々信じられなかった。魏徳聖監督の前作「海角七号―君思う、国境の南」は、台湾からの日本へのラブレターにも似た「親日映画」だったから、なおさらである。

 自分の目で前後編を見た上で言えば「セデックバレ」は抗日事件を題材にしながらも反日映画ではなかったと思う。誤解を恐れずに言えば、むしろ親日映画かもしれない。さらに言えば、ひょっとすると反中華映画かもしれない。

 というと、抗日映画とは何か、親日映画とは何か、という疑問が起きてくるだろう。今回は、映画の政治性というものについて考察してみたい。以下の文章では、映画の内容にも若干触れるので、自分の目で映画を見るまで先入観を持ちたくない方は注意してほしい。

差別を受けた原住民の不満はくすぶっていた

 映画の題材になった霧社事件についてはご存じだろうが、簡単に説明しておこう。

 1895年、台湾は下関条約によって清国から日本に割譲され、本格的な開拓・開発が始まった。台湾はそれまで「化外の地」(国家の教化、統治の及ばない地方)と呼ばれ、文明の恩恵に欲さない人々が自由奔放に暮らしていた。中央の山岳地域にはセデック族ら、独自の信仰と首狩りの習慣がある好戦的で獰猛な誇り高い狩猟民族(原住民)がいくつもの部落に別れて暮らしていた。

 台湾に上陸した日本軍は「乙未戦争」と呼ばれる当初の原住民らの抵抗を平定した後、山岳地域の森林資源を開発するために、原住民の教化に取り組んだ。しかし、祖先から受け継いだ猟場を奪われ、公用語として日本語の使用を強いられ、差別を受けていたこれら原住民に不満はくすぶっていた。

 1930年10月7日、霧社の日本人巡査が移動中、セデック族の婚礼の宴の場に通りかかったところ、セデック族マヘボ社頭目モナ・ルダオの長男のタダオ・モナに酒を勧められたが、巡査は彼らの不潔を嫌ってステッキで叩いた。誇り高いセデック族はこれを侮辱と受け取り巡査を殴った。

歴史の真実を訴える映画ではないだろう

 この事件について警察からの報復を恐れたモナ・ルダオはマヘボ社ら6つの社(部落)の300人を率いて蜂起、霧社の日本人が集まる公学校運動会が開かれる10月27日に駐在所と運動会を襲撃、女性や子供を含む140人を殺害した。日本軍と警察は航空機を含む近代兵器でこれを武力鎮圧しようとしたが山岳地域のゲリラ戦法による抵抗は苛烈を極め、現地司令官が毒ガス爆弾の使用許可を陸軍大臣に求めたほどだったという(実際に使用したかどうかは論争がある)。

 日本側は山岳ゲリラ戦に対応するため、モナ・ルダオの部落と敵対する部落のセデック族に武器を与え、蜂起部族の首級に対して報奨金を出し、同族同士を戦わせた。最終的に鎮圧は成功するが、セデック族側は700人が死亡あるいは自決した。マヘボ社の女性たちの多くが戦闘を続ける男たちの軍糧を減らすまいと集団自決するなど、凄惨を極めた。この事件後、日本の原住民政策は大きく修正された。…と言われている。

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「日本人を文明人として描きすぎた?」の著者

福島 香織

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト

大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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