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博士論文が明らかにした「県の役人」の実態

学生が指導幹部として過ごした2年間の実地調査報告

2011年12月9日(金)

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 広州の週刊紙「南方週末」は2011年9月1日付で『中県“政治家族”現象調査』という記事を掲載した。これは北京大学大学院博士課程を修了し、現在は“中国社会科学院”傘下の“当代中国研究所”の研究員となっている“馮軍旗(ふうぐんき)”という35歳の新進気鋭の学者が書いた25万字の博士論文『中県幹部』の中の一節「“政治家族”」の要約を掲載したものだった。当該論文『中県幹部』は2010年6月に行われた北京大学大学院の博士論文審査をパスしたもので、学識者の間でも高い評価を受けた。

先入観に囚われず、形式に縛られず

 1976年に河南省駐馬店市の村落に生まれた馮軍旗は、中国共産党の村支部書記であった父親が毎日「人民日報」や「河南日報」などの新聞を読むのを見様見まねして育つうちに政治に関心を持つようになり、指導者の伝記を愛読するようになったが、これが後に北京大学大学院で世界史を専攻する契機となり、修士論文では「中世英国貴族の召使の世界」をテーマにした。博士課程で社会学専攻に転じた馮軍旗はなかなか博士論文のテーマが決まらず悩んでいたが、2007年の年初に修士指導員の“劉新成”と久しぶりに会って“首都師範大学”近くのレストランで話をした際に、劉新成がたまたま自分の友人が中部地方の某省のある県の共産党県委員会書記をやっていると話した。これを聞いた馮軍旗は、「もし中国の基礎レベルの政治集団に深く入り込んで実地調査をしようとするなら、これは千載一遇のチャンスだ」と考え、その実地調査を通じて博士論文のテーマを見つけようと決断し、劉新成に友人への口利きを依頼した。

 こうして劉新成と北京大学組織部の仲介の下、馮軍旗は順調に某省“北山市”の管轄下にある“中県”へ2年間出向するチャンスを得た<注1>。それは規則に基づき、1年目は中県の管轄下にある“西城郷”<注2>で副郷長、2年目は中県で“県長助理(県長補佐)”として勤務するというものだった。指導教授の“鄭也夫”は馮軍旗の最大の理解者で、2007年末に行われた博士論文のテーマ発表会の席上、鄭也夫は論文審査委員に対して「申し訳ありませんが、馮君のテーマはまだ決まっていません」と述べて、状況を説明して了解を取りつけてくれた。こうして馮軍旗は後顧の憂いなく、2008年3月7日に政治学と社会学の教材を詰めた箱を1つ持って列車に乗り中県へ向かった。出発前に鄭也夫は馮軍旗に「何事にも先入観に囚われず、形式に縛られず、目を見開いて良く観察し、実践の中で事実を把握して、論文のテーマを見つけなさい」と再三念を押した。馮軍旗はこの言葉を胸に刻んで旅立ったのだった。

<注1>この種の実地調査における学術的な慣例に従い、“北山市”、“中県”、後述の“西城郷”は全て馮軍旗が命名した架空の名称。なお、“中県”という名称には「典型的な中国中部地方の農業県」という意味が含まれ、どこの“県”も同じような状況にあるということを示唆している。
<注2>“郷”は“鎮”と並んで、県”の下に位置する行政単位。なお、“郷”と“鎮”の間に大きな違いはない。

酒盛り毎日嘔吐を繰り返した

 列車が中県の駅に到着した時、外は強い雨が降っていた。駅に馮軍旗を出迎えた中県共産党委員会組織部の副部長は、「春雨は油のように貴重なもの、あたかも貴人の到着を歓迎しているようです」と歓迎の意を表すると、馮軍旗の荷物を持って歓迎会が開かれる県党委員会の宿泊施設に馮軍旗を案内した。翌日、馮軍旗は勤務先となる西城郷政府に出向いたが、それからの2週間は郷の指導者たちが連日交代で新任の“副郷長”を酒盛りで歓迎し、酒量が少ない馮軍旗は毎日嘔吐を繰り返した。これを見かねた同僚がこっそり“速效救心丸(即効救心丸)”と“丹参滴丸”という2種類の薬<注3>をくれて、これは役人の世界では必需の良薬だと教えてくれた。

<注3>“速效救心丸”と“丹参滴丸”はともに血行を良くする薬で、前者は狭心症による動悸、息切れ、胸の痛みに効き、後者は胸の苦しみや心臓の痛みに効く。

 西城郷政府で副郷長として1年間の勤務を終えた馮軍旗は、翌年は中県政府で県長補佐の任に就いた。県長補佐となった馮軍旗には秘書1人が付き、運転手付きで黒塗りの公用車「サンタナ3000」1台と100平方メートルで3LDKの住宅が与えられ、彼の部下からは「これであんたも立派なお役人様だ」と言われたのだった。地元の大多数の指導者たちは、「北京から来た博士」の馮軍旗と話をするのを大いに歓迎したので、馮軍旗はその職位を利用して2年間に中県および西城郷を中心に161人の“幹部”を訪問しては話を聞いた。その中には1978年以降に中県で働いたことのある“老幹部”26人が含まれていた。

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北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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