中国の不動産バブルは崩壊しているのか。預金準備率の引き下げなどを受けて、今後、不動産市況は反転するのか――。
エコノミストでありながら、正直に言えば、この話題にはあまり興味がない。なぜなら、中国で不動産市場が誕生した1980年代以降の歴史を振り返れば、結論は分かりきっているからだ。価格が上がりすぎたら、徹底的に引き締める。下がりすぎたら、徹底的に緩和する。いわゆるバブルとバストの繰り返しだ。
微調整、あるいはソフトランディングはないのかと聞かれたら、「ない」と答えるしかない。いい加減な答に聞こえるかもしれないが、これが現実だ。また、中国の歴代の総理を悩ませ続けている難題でもある。
4人の総理の実績は評価
中華人民共和国が成立した1949年10月以降の60年間に、周恩来氏、華国鋒氏、趙紫陽氏、李鵬氏、朱鎔基氏、温家宝氏と合計6人の総理が誕生した。周氏と華氏を除く、残りの4人の総理たちにとっては、政治闘争より経済発展の方が最優先課題であった。
もちろん、政治と経済は切っても切れない関係にあるため、それぞれの在任中、政治闘争あるいは路線論争が最重要課題として浮上してきたこともある。しかしながら、改革・開放を通じていかに経済成長を加速させ、国民の生活水準を引き上げるかという軸足はぶれておらず、この4人の総理が自分たちの役割を忠実に果たし、それなりの実績を残してきたことは評価できる。
これらの総理たちが対処しなければならない難題は、その時々の内外の状況によって異なっていた。しかし、共通していたのは、不動産バブルへの対処という難題にことごとく手を焼いて、バブルとバストというジレンマ(緩和すれば乱れる、引き締めれば死ぬ)からは抜け出せなかったという点である。現在の温家宝総理の任期は2013年3月まで残っているはずだが、前任者と同様、この難題は後任と有力視されている李克強氏にバトンタッチされる可能性が高い。
発売当日1時間以内に完売するという人気
そもそも国民経済の一部にすぎない不動産産業が、なぜ中国の経済政策の方向性を左右するほどの影響力を持つに至ったのか、歴代総理たちの在任期間中の悪戦苦闘から、この問題の根深さをうかがい知ることができるだろう。
趙紫陽氏の在任期間(1980〜87年)は、中国の不動産産業の黎明期だった。1980年、中国初の不動産開発会社が深セン経済特別区で誕生した。1984年、不動産が産業として政府に認められ、万科など中国を代表する数多くの不動産会社が設立されたのもこの前後だった。1987年、土地使用権の競売が深センで行われた。新中国が成立してから初めての出来事である。これを追認するかたちで、1988年の全国人民代表大会で憲法が改正され、土地使用権の譲渡が合法化された。
当時、都市部では、住宅は福祉の一環として政府機関や国有企業などの勤め先から割り当てられるのが一般的で、住宅を自費で購入できたのは一部の人々に限られていた。そのため、まだ全国的な不動産ブームは起きなかった。ちなみに、当時、市場で販売される住宅は「商品住宅」と呼ばれていた。報道によると、最初に競売された土地で建てた151世帯の住宅は、発売当日1時間以内に完売するという人気ぶりだった。
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ファンネックス・アセット・マネジメント代表取締役社長、チーフエコノミスト。中国武漢大学卒業後、国費留学生で来日。筑波大学大学院博士課程修了後、1994年に大和総研入社。2010年3月、同社を円満退職した。6月から現職。日経ヴェリタス人気ランキング(2010年)のエコノミスト部門では第5位。著書に『







