『脱中国論』も残り2回となった。今回は「中国ビジネスにおける『留学』の必要性と意義」について改めて考えてみる。筆者が考える留学の意義、そして、留学中にすべきことを、余すことなく書き綴ってみたい。
筆者は留学経験者だ。2003〜2010年の7年間を北京大学で過ごした。同大学国際関係学院にて学部課程と修士課程を収めた。
この間、中国政府奨学金を受けることができ、学費、寮費、そして生活費を頂いた。この奨学金は日本の文部科学省と中国の教育部が協定して実施するプログラムである。苦学生だった筆者にとって、とても有難いものだった。この場をお借りして、心から感謝を申し上げたい。これがなければ、これまで走り続けてきた軌跡は誕生し得なかった。このご恩は、日中両国、アジア、そして世界の平和と繁栄のために、生涯をかけて献身し続けることで返していく、とここに誓いたい。
留学期間中から今に至るまで、国境を越えて様々な方々にお世話になってきた。今後とも、忌憚なきご指導・ご鞭撻を頂けるよう、お願い申し上げたい。
チャイナイデオロギーに洗脳されないだろうか?
何者でもない、何も持たない、何も知らない筆者が北京大学に留学して遭遇した出来事は、事前には全く予想のつかないものだった。
18歳だった当時。北京へと向かう中国東方航空の機内で筆者が脳裏に描いたイメージは以下のような情景だった。
「英語は一生懸命勉強してきた。英語のレベルを落とさずに、中国語をきっちりやる。国際的ネットワークをつくりながら、中国か米国で修士号を取得する。その後、国際公務員として国際連合で働こう。普通に努力すればいけるはずだ」
この目標を達成するうえで、想定された不安要素は以下のようなものだった。
「中国語はおそらく問題ない。数年もいればネイティブに近いレベルになることができるだろう。中国社会の理解や人脈づくりも、普通に努力すればイメージ通りに進むはずだ。問題は、英語力を維持することと、国際的視野を育むことだ。何と言っても共産主義社会の中国だ。イデオロギーに洗脳されないだろうか。英語を使う機会はあるだろうか。中国語・チャイナイデオロギーと英語・国際視野の間で、どうバランスを取るか。おそらくこの点が勝負の本質だ。気合入れていこう」
北京大学はインテリジェンスと多様性に満ちていた
しかし、ふたを開けてみて拍子抜けした。予想が見事に外れ、困惑することになった。気合を入れすぎて殺気に満ちた筆者を待ち受けていたのは、共産党のイデオロギーや毛沢東思想で赤く染まったレッド・チャイナではなく、世界100カ国以上から留学生が集まり、色とりどりの価値が共存する環境だった。外国人留学生と中国人学生との交流も盛んだった。それぞれの言語を相互に教え合い、学び合う「Language Exchange」は屋内外、昼夜問わず、日常的に至る所で行われていた。
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