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河村市長“南京事件発言”を考える

政治としての歴史認識問題

2012年2月29日(水)

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 ちょっと扱いづらいテーマをあえて取り上げて見ようと思う。1937年12月に中国江蘇省の南京市で起きた「南京事件」である。

 河村たかし・名古屋市長が江蘇省南京市の訪日団の表敬訪問に対して、「南京事件はなかったのではないか」と発言したことが、波紋を広げている。中国側から非難の声が上がるのは当然としても、日本国内で河村市長に発言を撤回し謝罪することを求める圧力が強いのに少々驚いた。

 政治家として、公式に外国の訪問団相手に歴史認識について発言したことを簡単に撤回し謝罪しては、その政治生命はおろか、日中間にある数々の交渉事にマイナスの影響を与えかねない。撤回するときは政治家を辞める覚悟が必要だ。しかも個人が辞めて済む問題ではなく、中国側に高い外交得点を与え、ほかの日中間の交渉事、たとえば、河村市長が否定的な見解を示す中国総領事館への国有地払い下げ問題なども、中国に有利なように動くかもしれない。それだけはさけてほしいと私は思うのだが、日本の少なからぬ人が、河村市長の非礼極まりない発言が中国側を怒らせたので、謝罪すべきだといっている。「なかったのではないか」という意見自体が政治家としての良心と良識にもとる、と言う人もいる。

 おそらく、日本人の多くは大変まじめで、歴史認識とは真実を意味し、発言にわずかでも不確かな部分があれば訂正し、謝罪しなければならないと思っている。

南京事件は単純に歴史の真実の問題ではない

 しかし、私の考えを言えば、南京事件とは単純に歴史の真実の問題ではない。では、南京事件とは何なのだろうか。

 南京事件とは一般には1937年12月13日に国民党政府の首都・南京を陥落後、6週間に渡って投降兵や市民らを虐殺したと言われる事件だ。中国側は犠牲者30万人を公式の数字とし南京大虐殺記念館の外壁にもその数字を刻んでいる。なかには50万人という人もいる。日本側には、虐殺と呼べるようなものはなかったとする説、犠牲者が数千人、数万人規模とする説から20万人とする説まで意見が分かれている。

 私自身は「なかったのではないか」と問われれば、「あったのではないか」と答えるだろう。あの時代の戦争で、日本軍がたった一人の捕虜もたった一人の民間人も殺害せず、略奪も強姦も全くしなかったと主張するのは無理があろう。しかし、南京事件が、どのようなものか、どれほどの規模か、国民党軍の手による虐殺数が上乗せされているのではないか、と問われれば、明確な答えをもっていない。断片的にさまざまな伝聞や記録は目にしているものの、その史料の信憑性はどうだ、プロパガンダ性はどうだ、という議論になると、自信はない。

コメント15件コメント/レビュー

直接、著者に関するコメントではありません。河村市長はなんの必要性があって南京虐殺問題に私論を持ち出したのか。私にはまったく理解できません。学者なら分かります。政治家が「私はなかったものと思う」って、意味不明です。(従って、本論もピンボケとは思ってます)政治家は己の職分第一であるべきで、単なる感想、それも異なる政治集団との確執を招きかねないものを、公的発言と取られるような言い方で表明すべきでは断じてないと思います。それによって何が得られるのか。何が失われるのか。そのことが自分の政治活動の根幹なのか?政治家としてのバランス感覚に大きな疑問を感じました。この問題、河村市長がどう決着をつけるのか、つけられるのか。興味深く見守りたいと思います。歴史認識問題はまったく別の話で、それこそ歴史研究の専門家にお任せすべきこと。茶飲み話ならともかく、公的責任ある人間が感想を述べて許される話ではないと思います。もちろん、正式な国家間の議論が開始されたならば、その過程で政治家が絡むことは当然ありうる話だと思います。(2012/03/12)

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「河村市長“南京事件発言”を考える」の著者

福島 香織

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト

大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

直接、著者に関するコメントではありません。河村市長はなんの必要性があって南京虐殺問題に私論を持ち出したのか。私にはまったく理解できません。学者なら分かります。政治家が「私はなかったものと思う」って、意味不明です。(従って、本論もピンボケとは思ってます)政治家は己の職分第一であるべきで、単なる感想、それも異なる政治集団との確執を招きかねないものを、公的発言と取られるような言い方で表明すべきでは断じてないと思います。それによって何が得られるのか。何が失われるのか。そのことが自分の政治活動の根幹なのか?政治家としてのバランス感覚に大きな疑問を感じました。この問題、河村市長がどう決着をつけるのか、つけられるのか。興味深く見守りたいと思います。歴史認識問題はまったく別の話で、それこそ歴史研究の専門家にお任せすべきこと。茶飲み話ならともかく、公的責任ある人間が感想を述べて許される話ではないと思います。もちろん、正式な国家間の議論が開始されたならば、その過程で政治家が絡むことは当然ありうる話だと思います。(2012/03/12)

まじめすぎる日本人はコンプライアンスでも自らクビを絞める。ゲームのルールなのに、ルール自体をありがたがる。負けるでしょう。それじゃ。(2012/02/29)

まず多少の意見の相違はありますが、福島さんの冷静で穏やかな筆致、議論を望まれる姿勢に強く共感しました。内容についても、「犠牲者数に議論の余地はあるが、事件自体あったのは間違いなかろう」といういずれの点にも強く同意。政治上の駆け引きに使われる可能性まで考え対応を選択すべきと言う判断もアリと思います(大人だなあ)。ただ河村氏が謝罪したからといって交渉に悪影響を与えるのか、足元をみられるのか、河村氏の政治生命にまで何か影響するのかは疑問ですが。いずれにせよ、河村氏については仮に「誤解」だったとしても発言した時点でお粗末の一語だと思いますけど。それと、犠牲者数調査の不十分さを中国政府の責にのみ帰すのは片手落ちではないでしょうか。加害者側は何か手を尽くそうとしたのか、日本のジャーナリストが後年現地調査をし記事を書いたときの日本社会の反応はどうだったか。こちらが正直に言わないために相手からいいように弄ばれるのはこちらが悪いのか相手が悪いのか?…いずれにせよ、まず犠牲者への哀悼と、という最後の箇所にも深く共感しました。(2012/02/29)

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