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沿岸部から農村部へ、中国住宅市場は拡大

【第12回】樋口武男氏(大和ハウス工業会長)

  • 川村 雄介

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2012年4月19日(木)

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 今回は、大和ハウス工業の樋口武男会長をお迎えした。樋口氏は先月、日本経済新聞の「私の履歴書」で、その半生を情熱的に語られていた。大学卒業後に入社した会社は居心地の良い職場だったが、「こんなぬるま湯に浸かってはいられない」と転職を決意した。そして、当時「モーレツ会社」として有名だった大和ハウス工業に飛び込んだ。

 後年、「熱湯経営」として結実した樋口氏の経営の道は決して平坦ではなかったが、祖母に教えられたと言う三箇条の誓いを胸に、業容拡大にひた走ってこられた。三箇条の誓いとは、「嘘とごまかしは絶対にダメ」「人に迷惑をかけるな」「戦ったら勝つまでやれ」だそうである。

 同社は、中国でのビジネス展開にも長く大きな実績を持っている。まずは、中国進出のそもそもの経緯についてお聞きした。

1985年に上海で賃貸住宅をスタート

大和ハウス工業の樋口武男会長

 「1972年、日中国交回復の年に当社の創業者が中国の特産品を仕入れてきたんです。その後、85年に上海で外国人用の社宅、戸建て住宅やマンションを建てて、賃貸経営をしたんです。上海から北京、天津、大連と広げていきました。大連で今、『頤和シャンゼリゼ』や『頤和星海』といったプロジェクトを中国企業と一緒にやっています」

 中国と日本とでは、ビジネスのやり方や商慣行に違いが多い。過去30年近く、日本企業はこれらに戸惑い、苦労してきた。大和ハウス工業は「住まい」という人と地域の日常空間にかかわるビジネスだけに、そうした苦労には一方ならぬものだったと想像されるが、どうだったのだろうか。

 「私たちはいろんな国々でビジネスをやってきました。どこの国へ行っても、良い面と悪い面があるんですね。政治体制も違いますし。今は中国との仕事が一番多いです。中国の場合は、共産党の一党支配です。その良いところはスピードです。高速道路でもあっという間に日本を追い越してしまいました。新しい街を造るのでも、例えば『新都心』という形で出来ている蘇州園区は無電柱なんですよ。40%は緑地帯で、中央政府も地方政府も環境にものすごく神経を使っている。それは非常にメリットのあるところです。けれども逆に言えば、規制がパンと変わる。我々としては、地方政府と中央政府の方針を早くキャッチしておくことが大事だと思ってます」

 中国では、中央政府も地元政府も網の目のように規制を敷いている。外国人ビジネスパーソンに理解しにくい泣き所のひとつだろう。大和ハウス工業が市場進出したころにも、当然そうした複雑多岐にわたる規制があった。

 「例えば、急に建築規制というものが出来るんです。工事が終わりかけた頃、急に『雨戸を付けなさい』なんて言ってくることがあります。かなり工事が進んでいる段階では、その作業をやるところは二重作業になります。また、金融規制はいっぺんに締まるでしょう。ですから、よくコミュニケーションを交わすことが大事だと思いますね」

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