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ビンラディン殺害1周年を演出するアフガン電撃訪問

~オバマ再選キャンペーンのやり方

2012年5月10日(木)

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 5月1日、オバマ大統領を乗せた大統領専用機がアフガニスタンの首都カブールの北30マイルほどにあるバグラム米空軍基地に到着したとき、時刻はすでに夜の10時半に近づいていた。大統領一行はそこから軍用ヘリコプターに乗り換えてハミド・カルザイ大統領の待つ大統領宮殿に着き、夜中の11時過ぎに異例の米・アフガン首脳会談が始まった。

 両首脳が、米国とアフガニスタンの「戦略的パートナーシップ協定」に合意し、共同記者会見を行い、合意文書へ調印したのは日付が変わった2日の午前1時25分。ほとんどの国民が寝静まったアフガニスタンで「真夜中の調印式」を終えたオバマ大統領は、すぐにバグラム空軍基地に戻り、基地に駐留する米軍の兵士や将校たちに短いスピーチをした後、午前4時に「国民」向けの演説を行った。もちろんこの「国民」とは眠っているアフガン人ではなく、遠く離れた米国民のことである。ちょうど米国の西海岸は夜の7時30分、プライム・タイムであった。

 「本日、私は、米国とアフガニスタンの新たな関係を定めた歴史的な協定に調印しました」オバマ大統領はアップビートなきびきびとした口調で米国民に語り始めた。

「そもそも、私たちがなぜ、アフガニスタンに来たのか」

 「最初に、そもそもなぜ我々がここに来たのかを思い出してみましょう。オサマ・ビンラディンがテロ組織の安全地帯をつくったのはここアフガニスタンでした。アルカイダがテロリストたちを集め、訓練し、テロ行為を計画したのもここアフガニスタンでした。そしてアルカイダが3000人近い無実の男性、女性そして子供たちを殺害したあの攻撃を開始したのもこの土地からでした。そして10年前、米国とその同盟国たちは、アルカイダが私たちに攻撃を仕掛けるために二度とこの国を使うことが出来ないようにするために、戦争を始めたのでした」

 オバマ大統領はこのように述べ、米国がアフガニスタンで戦争を始めたそもそもの背景について確認するように説明した。

 そして、

 「米国は8年近くもの間、別の戦争をイラクで戦いました。そしてその間、タリバン内部のアルカイダの過激な同盟者たちが野蛮な武装反乱を起こしたのです」

 と述べ、過去10年の「対テロ戦争」の間、8年近くをイラク戦争という「別の戦争」に費やしてしまい、時間を浪費した挙句、アルカイダと同調するタリバンの過激派が力を盛り返し、アフガン政府や同国に駐留していた米国に対して武装反乱を起こす機会を与えてしまったのだとして、ブッシュ前政権の政策を批判した。

 オバマ大統領はもともとイラク戦争開戦に反対した数少ない政治家であり、「イラクは間違った戦争、アフガニスタンは正しい戦争だ」と述べていた。だからイラクから米軍を撤退させ、アフガニスタンに増派した自分の政策判断は正しかったのだ、と暗に言っているのである。

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「ビンラディン殺害1周年を演出するアフガン電撃訪問」の著者

菅原 出

菅原 出(すがわら・いずる)

ジャーナリスト/国際政治アナリスト

アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。在蘭日系企業勤務、ジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国危機管理会社役員などを経て、現在、国際政治アナリスト

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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