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四川大地震の被災地を観光資源として復活させた中国

日本人にマネできないスピード復興

2012年6月27日(水)

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 先週、成都に行った。9万人近くの犠牲者・不明者を出した汶川大地震(2008年5月12日、)の1週間後に取材に来て以来、およそ4年ぶりである。地震の傷跡というのは、成都ではもうほとんど見つけることはできない。地震の被害がひどかったのは、成都の北側の小さな県や鎮である。中でも綿陽市北川チャン族自治県は旧県城の80%の建物が倒壊、壊滅といっていい状況だった。

 北川県の死者は8600人以上。山の斜面が崩れてその下敷きになった北川中学では授業中の生徒・教師3000人中1700人の命が一度に失われた。

 遺体を掘り出すこともできず、掘り出したとしても日中気温30度近い北川で身元確認をとる猶予もなく、とにかく感染症の流行などを防ぐことが先決と、次々と深い穴を掘って石灰をまぜて埋め、大量の消毒薬や殺虫剤を散布していた。

 その後、この地に町を再建することは不可能だと判断され、生き残った住民たちは町を捨てた。今、その壊滅した北川の旧県城は、地震直後の姿を保ったまま「北川地震遺跡」として観光客らに開放されている。5月1日からのメーデー連休の間に訪れた客は7万人を超えたとか。

 急に、あの壊滅した町を見に行きたくなった。四川大地震の復興の姿というものがどういうものなのか。壊滅したまま、2度と復興されることのない被災地とはどういうものなのか。東日本大震災後、復興が遅々として進まないといらだちが募るとき、あっという間に、被災地を観光資源として復活させた現地に立って確かめたくなったのだ。

鄙びた田舎町が現代風エコタウンに

 4年前に、タクシーで往来した道を、バスを乗り継いで北川県に行った。綿陽市のバスセンターの窓口で北川県というと、永昌鎮行きの切符をくれた。永昌鎮は北川県人民政府(県庁に相当)を移転させるために作った新しい町である。2009年2月、中国民政部は北川県に隣接する安県の安昌鎮、永安鎮、黄土鎮の六つの村を壊滅した北川県に組み入れ、永昌鎮にあらたな県城を建設(2010年10月から移住開始)した。

 おかげで県の面積は地震前より215平方キロメートル増え、人口も7.6万人増えて24万人近くとなったという。もともと県人口の4割の8万人近くがチャン族で、中国で唯一のチャン族自治県となったのだが、地震後の他の県の併合と新人口の流入でチャン族の割合は減ったかもしれない。

 安昌鎮は地震直後、県政府機能が最初に移転されたところだが、北川県城にしなかったのは、漢族が多い安昌鎮では、チャン族自治県城の特色が出せないからだという。それ以上に、従来の安昌鎮住民と地震後に移住してきた旧北川県住民との軋轢もあったと聞く。
 北川県城の復興支援省は山東省が担当になった。初期投資100億元(約1250億円)以上をつぎ込んで建設された新県城には、旧県城住民を中心に3.5万人が移住し、2020年までに人口を10万人に増やす予定だという。

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「四川大地震の被災地を観光資源として復活させた中国」の著者

福島 香織

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト

大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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