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ノーベル賞経済学者とエストニア大統領の緊縮財政論争(前編)

クルーグマンの持論――緊縮は愚論――は小国には適用できない?

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2012年8月16日(木)

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 2009年5月、エストニア政府は米国とは異なる方向に歩み出すことを決めた。米国で7870億ドル(約61兆6000億円)の緊急経済対策が成立してから数カ月後のことだった。困難に立ち向かうことを選択したのだ。エストニアは外貨準備に手をつけたり、他国からの借り入れに頼ったりすることを拒否した。

 閣僚らは、当時の通貨「クローン」を切り下げることなど考えもしなかった、と語る。仮に通貨切り下げに走っていれば、10年かけて進めてきたユーロ導入計画がつまずいていただろう。旧ソ連による占領が終了して以降、堅持してきた均衡予算を死守するべく、同国政府は年金の凍結、公務員給与の10%近い引き下げ、付加価値税の2%引き上げに踏み切った。この年、エストニアのGDPは14%以上落ち込んだ。

 エストニアの首都、タリン郊外の高圧鉄鋼容器製造会社、エスタンクでは利益が低迷し、工場を2倍に拡張する計画を延期した。エストニアの失業率は16%に達した。大勢の溶接工が仕事を求めてフェリーに乗り、フィンランド湾を渡ってヘルシンキへと向かった。エスタンクの工場長、バイド・パルミック氏は、景気が悪化する中、何人かの友人が職を失ったと言う。「本当に厳しい時代だった」と当時を振り返る。

 今、溶接工たちはエストニアに戻っている。2010年にエストニアのGDPは2.3%拡大した。エストニアは同年末、果敢にユーロを導入した。2011年のGDP成長率は7.5%に達した。エスタンクは2012年に従業員数を3分の1以上増員した。同社はフィンランドやスウェーデンへの進出を果たし、今やドイツ市場に進出する機会をうかがっている。工場拡大計画も前進させた。

 失業率は10.8%まで低下した。理想的な数字とは言えないが、スペインの半分以下だ。これが評価され、2011年の選挙で大統領は再任され、連立与党も信認を得た。昨年11月にIMFは、エストニアが実現した輸出主導型の景気回復を高く評価し、「素晴らしい財政状況」だと称えた。

緊縮財政は是か非か?

 対照実験ができない以上、エコノミストは、それぞれの国の現状をあるがままに受け入れざるを得ない。エストニアの例は、金融・財政緊縮策が苦難の道のりを経て経済成長を実現し得ることを示しているように見える。パルミック氏は「今になってみれば、バブル崩壊はとても良いことだった」と指摘する。

 当然ながら、欧州やその他の地域で緊縮策を提唱する者は、この人口120万の小国、エストニアを成功モデルとして喧伝している。だが大西洋を挟んだ米国では、ポール・クルーグマン氏が、この種の緊縮策に何年も前から反対している。クルーグマン氏は、ノーベル賞を受賞した経済学者で、ニューヨーク・タイムズのコラムニストを務めている。緊縮政策は、意味のない惨めな経済状態を招くだけ、というのが彼の主張だ。この議論は米国――と他のほとんどの国――の将来に、重要な示唆を与えることになるだろう。

 クルーグマン氏は6月6日、「エストニア・ラプソディ」と題したブログの中で、エストニアが「緊縮擁護派のポスター・チャイルド(シンボル)」になっていると批判した。ブログの冒頭に、実質GDPの推移を示すグラフを掲載。景気が回復したといっても、依然として、2007年のピークを10%近く下回っていることを示したものだ。そして「これを経済的勝利と呼べるのか」と疑問を呈した。

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