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賞を必要とする人が受賞したノーベル文学賞

言論統制をすり抜け作品を発表し続けてきた作家、莫言

2012年10月17日(水)

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 今年のノーベル文学賞は中国人作家の莫言さんが受賞した。もう10年前ぐらいから受賞する、と言われ続けていて、私も新聞記者として北京駐在していた頃は、季節になると受賞したときのことを想定して、記事の仕込みをしていたものだ。おそらく、日本の文芸担当記者は、毎年この季節になると村上春樹受賞原稿の下準備をするのだろう。今年も村上春樹さんが候補筆頭で、対抗馬が莫言さんと言われていた。私は特に根拠を持たないが、村上さんより莫言さんが受賞するのではないか、と思っていた。というか受賞してほしいと思っていた。

 莫言さんには何度もインタビューしたし、とくに取材というわけでもなく次回作の構想などをお聞きすることもあった。代表作『豊乳肥臀』が5年間も発禁処分にあった理由、言論統制と莫言式マジックリアリズム表現が生まれた背景などについては2006年秋に産経新聞連載「話の肖像 語る莫れと言う莫れ」で書いたので、ひょっとしたら覚えてくれている読者がいるかもしれない。

 水餃子をごちそうになったこともあった。農民出身の莫言さんは、その著作の中でも何度も書いているが幼少期、石炭を口にするほどの飢餓を経験している。貧しい農村で年に1度の大御馳走が春節(旧正月)の水餃子で、大作家になった今も、彼にとっての最高の御馳走が餃子だった。ここの餃子が1番おいしいんだ、とニコニコして餃子をほおばって、私たちにももっと食べろ、と勧めていた。軍に入隊したのは、餃子が春節以外にも食べられると思ったからだという。

 すでに押しも押されもせぬ中国一の大作家であったが、そんな地位を微塵も感じさせない「気のいい中国の田舎のおじさん」然とした人柄で、表情や言葉づかいに、いつもどこか照れを含ませていた。いつしか、遠い存在の大作家の村上さんより、私の隣に座って水餃子以上の御馳走がないという朴訥な農民作家にノーベル受賞してほしいという心情になっていた。今回の受賞の一報を聞いたときは、ついにやった!と小躍りしてしまい、自分がすでに北京特派員でなく、受賞直後会見に馳せ参じられなかったことが本当に残念だった。

中国共産党体制の暗部、残虐な歴史を描き続けてきた

 そんな私の興奮に水を差したのは、この莫言受賞を酷評する声をツイッターなどで次々と見たことだった。もちろん日本人にとっては、村上さんが受賞を逃したのだから、なんとなく面白くないのもわかるが、酷評するのはむしろ中国内外の反体制派の中国知識人たちだった。

 彼らは莫言さんが体制内の御用作家であり、今回のノーベル文学賞が、2010年の劉暁波氏の平和賞受賞で怒り心頭の中国をなだめるための、スウェーデン・アカデミーの政治的判断であり、中国の国威発揚に利用された、という。

 反体制派アーチストの艾未未氏のツイッターは辛らつだった。「莫言のノーベル文学賞受賞に続いて、(メラミン入りミルクを売った)三鹿集団や蒙牛の化学賞受賞、(人民を思って泣きまねする)温家宝総理は主演男優賞受賞。これぞマジックリアリズム」と皮肉った。米国亡命作家の余傑氏も「ノーベル文学賞史最大の醜聞」と手厳しかった。

 私は莫言作品の代表的なものは読んでいるが、受賞作の『蛙鳴』(邦訳・中央公論社刊、原題『蛙』)も、過去作品も、本人にインタビューした印象も、御用作家のものではない。むしろ体制の中で、巧妙な表現力とブレのない信念で、中国共産党体制の暗部、残虐な歴史を描き続けてきた作家というのが正直な感想だ。

コメント8件コメント/レビュー

これで莫言氏に対する検閲が緩くなり、言いたいことを今より少しでも直截的に言えるようになれば結構かと。でも、何かあれば投獄すら厭わないのもあの政府。どうなりますか・・・(2012/10/17)

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「賞を必要とする人が受賞したノーベル文学賞」の著者

福島 香織

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト

大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

これで莫言氏に対する検閲が緩くなり、言いたいことを今より少しでも直截的に言えるようになれば結構かと。でも、何かあれば投獄すら厭わないのもあの政府。どうなりますか・・・(2012/10/17)

莫言さんでよかった、私もそう思います。実は作品は読んでいない。でも、政治的意味合いが絡むのはノーベル賞の常です。この時期、彼が受賞する意味は大きいと思います。中国共産党はこの喜ばしい受賞をうまく利用するでしょうが、でも、時間がことの良し悪しを判断するはず。蛇足ですが、村上春樹作品は50年100年耐えられるとは思えない。莫言さんの作品を読んでみたいと思います。(2012/10/17)

ノーベル賞が必要な人に授けられたのがよく分かりました。中国の裏表を理解している福島さんだからですね。(2012/10/17)

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