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ドイツの繁栄の背後にあるサッチャリズム

2人の「鉄の女」、サッチャーとメルケルの違いとは?

2013年4月17日(水)

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 マーガレット・サッチャー元英首相が4月8日に87歳で死去した時、世界中の様々な政治家らが死を悼む声明を発表した。筆者にとっては、ドイツのヘルムート・コール元首相のコメントがとても興味深かった。

追悼の辞に隠された棘

 コールは、1990年の東西ドイツ統一をめぐり、サッチャーと激しく対立したからだ。彼は追悼の辞の中で、オブラートに包みながらも、「鉄の女」との関係がスムーズではなかったことを明らかにしている。

 「サッチャー氏と私は、特別な関係にありました。それは、感情が激しく変化する間柄でした。私たちは、いくつかの問題に関して異なる見解を持っていました。しかし、お互いを尊敬しあっていました」。

 死者に敬意を払う外交的なコメントではあるが、その中に棘(とげ)が含まれていることは間違いない。

 コールが「いくつかの問題について意見が食い違った」と表現したのは東西ドイツの統一をめぐる交渉である。1989年にベルリンの壁が崩壊した直後、当時首相だったコールは、千載一遇のチャンスを逃さないために、東西ドイツ統一へ向けて猪突猛進した。

 しかし、当時のドイツは完全な主権国家ではなかった。東西に分断された状態を終わらせるには、国境線の変更など、戦後の欧州の秩序に大きな影響を与える様々な措置を盛り込んだ国際条約(2プラス4条約と呼ばれる)を、第二次世界大戦の戦勝国である米国、英国、フランス、ソ連との間で締結する必要があった。コールがビスマルク以来の「統一宰相」になるという夢を実現するには、これらの国々の同意を取りつけなくてはならなかった。

ドイツ統一に批判的だったサッチャー

 だが米国以外の旧戦勝国は、当初「人口が8000万人を超える大国が欧州の中心に出現し、バランス・オブ・パワーが崩れる」としてドイツ統一に批判的だった。その中で最もドイツに対して強い警戒心を抱いていたのが、サッチャーだった。

 2009年に英国外務省は、ドイツ統一に関する外交文書の一部を公開した。そこに含まれた議事録や公電は、サッチャーが「コールは他の国の意向に配慮することなく、独断専行している」と憤っていたことを示している。サッチャーはある時、フランスのミッテラン大統領(当時)に「ドイツの分割は、この国が戦争を起こしたことの帰結だ。コールはそのことを忘れているようだ」と批判している。

 1989年11月にサッチャーの側近が書いたメモからは、ドイツ統一によって、「国粋主義に満ちた、強大なドイツの亡霊が出現する」とサッチャーがおびえていた様子がうかがえる。ベルリンの壁が崩壊した翌日に、西ドイツの連邦議会で議員たちが全員自発的に起立してドイツ国歌を歌い始めたことを聞いたサッチャーは、側近たちの前で戦慄する姿を隠さなかったという。

 当時英国の外交官たちの多くは、「ドイツが統一するのは時間の問題であり、誰もこの歴史の流れを押しとどめることはできない」と考えていた。しかしサッチャーはそうした現実を認めようとはしなかった。

 1990年2月に、外交問題に関するサッチャーの補佐官だったチャールズ・パウエルは、コール政権の外交問題補佐官ホルスト・テルチクと話し合った後、サッチャーに対して次のように報告した。「西ドイツは、いま熱狂的な雰囲気の中にある。西ドイツは、何十年もの間、慎重で控え目な外交を続けてきた。彼らは決して表舞台には出ず、他の欧州諸国の決定に従ってきた。その彼らが、今や欧州の国際情勢の舵を握るようになった。ドイツの時代がやってきた。ドイツ人は彼らの運命を自分の手で決めるだろう。コール首相は、統一に懐疑的な英国の態度に、腹を立てている」。

 この報告書の余白に、サッチャーは「(コールの態度は)激しいナショナリズムの表われだ」という走り書きを残している。

 サッチャーと比較的親しい関係にあったミッテランすら、「英国首相のドイツ嫌いは度が過ぎる」と感じていた。当時ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部に駐在していた英国のマイケル・アレクサンダー大使は、次のような報告を残している。「ミッテランはブッシュ米大統領に対して、『サッチャー首相がドイツ人について頻繁に悪口を言うのはよくないと思う』とこぼしたことがある」。

コメント4件コメント/レビュー

社会保障を充実させ過ぎてしまうと、国民からやる気を奪い取り経済が停滞し勝ちであるということがひとつあります。同時に階級やら既得権が固まってしまっても国民から挑戦する機会や起業する機会を奪い経済が停滞し勝ちであるということもあります。英国病というのは両方の病気であったのに対し、ドイツは一つであったというのも背景にあったのではないでしょうか?(2013/04/18)

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「ドイツの繁栄の背後にあるサッチャリズム」の著者

熊谷 徹

熊谷 徹(くまがい・とおる)

在独ジャーナリスト

NHKワシントン特派員などを務めた後、90年からドイツを拠点に過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

社会保障を充実させ過ぎてしまうと、国民からやる気を奪い取り経済が停滞し勝ちであるということがひとつあります。同時に階級やら既得権が固まってしまっても国民から挑戦する機会や起業する機会を奪い経済が停滞し勝ちであるということもあります。英国病というのは両方の病気であったのに対し、ドイツは一つであったというのも背景にあったのではないでしょうか?(2013/04/18)

サッチャーさんとメルケルさんの違いは、日本の今後の発展に良いヒントを示唆しているようで、この記事を大変興味深く拝読しました。お二方共それぞれの国の政治的・社会的伝統、その時の直面する重要課題を背景に政治を行っていたことは言うまでも無いことですが、民衆の立場にどこか背を向けていたサッチャーさん、国民の良いお母さんのようなメルケルさんの政治姿勢は、その後の経済発展の違いをもたらしている一因と思います。また、物つくりを国の基本に置き、それを維持しつつ発展を続けるドイツの姿勢は、日本が目指すべきモデルだと思います。両首脳の政治姿勢の差を経済発展のタイプの差と関連付けて更に分析して頂けると大変勉強になります。続編を期待しております。(2013/04/17)

メルケルは、サッチャーほど戦闘的ではない?笑わせないで下さい。世界4位の武器輸出大国ドイツ【死の商人メルケル】はサッチャー以上に戦闘的です。このコラムでは一言も触れていませんが、ドイツの繁栄は、中国をも上回る額の武器輸出の賜物です。サッチャーよりずっと狡猾で軽蔑すべき「鉄の女」であることを、この際知っておいた方がいいと思います。(2013/04/17)

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