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薄煕来は「薄嫌い」

「天網恢恢疎にして漏らさず」を立証した失脚

2013年10月4日(金)

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 「薄嫌い」。これは筆者が、去る9月22日に無期懲役の判決を受けた“薄煕来(はくきらい)”に掛けたダジャレであり、2008年頃から講演会などで公言してきた言葉である。2008年頃と言えば、薄煕来が中国共産党の中央政治局委員になったのが2007年10月、中央政府“商務部”の部長から“重慶市党委員会”の書記”に異動したのが同年12月であるから、重慶市で彼の大衆迎合式の人気取り政策がスタートを切った年であった。政治局常務委員になることだけを念頭にした薄煕来のなりふり構わぬ「ええ格好しい」の姿に辟易としていた筆者は、いつの間にか「薄嫌い」を公言するようになったのである。

 筆者の「薄嫌い」は付け焼き刃ではない。そのきっかけは、実に今から27年も前の、彼の父親である“薄一波(はくいっぱ)”との出会いまでさかのぼる。

恩を仇で返した薄一波

 筆者は1985~1990年の約5年間を大手商社の駐在員として北京で過ごした。この時期は中国市場への参入競争が激化し、大手商社は競って役員を中国へ「中国総代表」<注1>という肩書で送りこんでいた。筆者の会社も1986年には役員が北京へ初代中国総代表として派遣されて来て、その着任後間ない時期に就任披露宴が中国側関係者を招いて開催された。残念ながら、当該披露宴会場がどこだったのか明確な記憶はないが、確か大きなホテルの大ホールであった。当時36歳だった筆者は中間管理職で、来賓の受け付けを任された。

<注1>本来なら「中国支配人」とすべきだが、中国語では「中国を支配する人」という意味に誤解される恐れがあり、これを避けるべく「中国総代表」とした。

 その就任披露宴の主賓こそが薄一波であった。かつて国務院副総理を務めた薄一波は当時1982年に新設された“中国共産党中央顧問委員会(主任:鄧小平)”の常務副主任で、中国共産党内で鄧小平に次ぐ権力を有していた。それほどの大物が主賓として就任披露宴に出席してくれるということは会社にとって非常に名誉なことで、関係者一同は非常に緊張していたし、来賓受付係を仰せつかった筆者はなおさらだった。披露宴の開始があと15分程に迫った頃、ホテルの従業員が慌ただしく駆けつけ、主賓の到着を告げた。

 会場入り口で待っていると、当時77歳の薄一波が2人の若い看護婦に両脇を支えられながら近づいて来た。それはまさによぼよぼの爺さんが1歩ずつ歩みを確かめながら歩いているようなありさまで、どう見ても中国No.2の実力者の姿ではなかった。

 筆者は“歓迎光臨(いらっしゃいませ)”と述べて薄一波を迎え入れると、特に用意した主賓控え室へ誘導した。控え室では薄一波の到着を待ちうけていた総代表が歓迎の言葉を述べ、着席してから5分間ほど懇談を行った。ほかの来賓はすでにすべて到着していたので、筆者はこの懇談に陪席して開会の時を待った。このわずか5分の間に、筆者は何とも言えない嫌悪感に襲われて鳥肌が立ったのである。それは正に「虫酸(むしず)が走る」という感覚そのものだった。薄一波の見るからに人品卑しい面構えと、全身から醸し出される酷薄なものに、筆者は耐えがたい不快感にさいなまれた。人間誰しも何かに対して生理的に受け入れられない拒否反応を示すことがあると思うが、筆者にはそれは薄一波という人物だったのである。その時に感じたのは、「こんな嫌味で非道そうな奴が国家指導者の1人なのか」という深い失望感と驚愕だった。

コメント6件コメント/レビュー

筆者の薄一波嫌いは、見た目の印象で始まったと告白しておられる。個人的な見た目の印象だけで、人品骨柄の卑小さを見抜いた炯眼は立派だと思うが、「嫌いな奴とその息子の失脚をずっと一貫して願ってきた」と言う姿勢は、ジャーナリストには珍しいし、記事の品性を少し下げる効果があるように感じた。憎しみを原点とする報道姿勢とでも言おうか? シナ人一部勢力の尖閣諸島を巡る「日本憎し」姿勢と、方向こそ違え、憎しみをベースとする点では同根と感じた次第。(2013/10/06)

「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」のバックナンバー

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「薄煕来は「薄嫌い」」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

筆者の薄一波嫌いは、見た目の印象で始まったと告白しておられる。個人的な見た目の印象だけで、人品骨柄の卑小さを見抜いた炯眼は立派だと思うが、「嫌いな奴とその息子の失脚をずっと一貫して願ってきた」と言う姿勢は、ジャーナリストには珍しいし、記事の品性を少し下げる効果があるように感じた。憎しみを原点とする報道姿勢とでも言おうか? シナ人一部勢力の尖閣諸島を巡る「日本憎し」姿勢と、方向こそ違え、憎しみをベースとする点では同根と感じた次第。(2013/10/06)

北村氏がここまで生理的嫌悪感丸出しで批判展開するのも珍しいことですね。それだけむちゃくちゃな相手だったというべきでしょうか。余罪はいくらでも出てきそうですが、やっぱりこれは出してしまうと、上層部を丸ごとスキャンダルに落としたりして、彼を牢につなぎとめておけなくなるものもあるのでしょうかね。(2013/10/05)

 「薄嫌い」に思わず笑ってしまいました。 中国の貧困層の間では未だに薄煕来を悲劇の英雄とする意見が多いらしいですが、とんでもない話。私が薄煕来の名を初めて目にしたのは中国関連の書籍でした。その本の中で、政治犯から摘出した臓器を提供する臓器闇ビジネスの元締めとして薄煕来の名前が断言されていました。 四十過ぎた男の顔は履歴書とはよく言ったもの。あの某ファンドの元代表そっくりの品のない顔はその所業を如実に表していたのだと思います。(2013/10/04)

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