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「少女売春で死刑」が一転再審の是非

人治裁判から法治裁判へ、過渡期に揺れる中国

2014年6月20日(金)

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 2014年6月12日、刑事訴訟法の規定に基づき、2人の死刑囚に対する死刑執行の許可を審議した“最高人民法院(裁判所)”は量刑不当として差し戻す裁定を下した。それは2006年に湖南省で発覚したもので、11歳の少女に売春させ、3カ月間に100人もの客を取らせていた事件であった。主犯として逮捕された男女2人は一審、二審ともに死刑の判決を受けたが、死刑執行を前にして最高人民法院は死刑では厳しすぎるとして再審の決定を行ったのだった。

 売春地獄から救出された少女は性病をうつされ、一生子供を産めない身体にされていた。このため、少女の母親は主犯の2人を含む事件の関係者7人全員を死刑にしたいと長年にわたって陳情を続けて来たから、彼女にとって最高人民法院による量刑不当の裁定は驚愕の悲しむべき一大事であった。死刑が量刑不当というのなら、台無しにされた娘の一生はどう贖(あがな)われるというのか。この最高人民法院による再審裁定は中国メディアによって全国に報じられたが、中国国民の多くは母親に同情して再審裁定に疑問の声を投げかけた。少し長くなるが、事件の経緯を取りまとめると以下の通りである。

11歳の少女が家出、売春宿で強要3カ間

【1】湖南省“永州市”に住む、1995年10月生まれの少女“楽楽”(仮名)は、2006年10月1日時点で11歳の小学5年生であり、母親の“唐慧”にとって大事な“独生女(一人娘)”であった。その10月1日の午後、楽楽は1人で家の近くにあるローラースケート場へ出かけた。そこで彼女は付近の理髪店で働く19歳の“周軍輝”がかっこよく滑るのを見て、自分から彼に接近して言葉を交わし、仲良くなった。その晩、楽楽は周軍輝に誘われて彼が借りている部屋へ行き、2人でDVDを見ていたが、成り行きで周軍輝と性的関係を持った。その夜彼の部屋に泊まった楽楽は、翌朝周軍輝と一緒に朝食を食べた後、理髪店へ出勤する周軍輝と連れ立って歩いているところを、楽楽の行方を捜していた親戚のおばさんに見つかり、家へ連れ戻された。

【2】10月3日の午後、楽楽は家族に置き手紙を残して家を出た。彼女は周軍輝を頼り、家出して来た旨を伝えると、周軍輝は働き口として彼の友人の“陳剛”が経営し、その女友達の“秦星”が女将(おかみ)を務める“柳情縁休閑中心(柳情縁レジャーセンター)”(以下「柳情縁」)を紹介した。柳情縁は客にサウナ入浴とマッサージを提供する「レジャーセンター」が建前だが、実際は売春宿であった。その後、楽楽は陳剛と秦星の手配で地元のホテルへ送り込まれて不特定多数の男たちと売春させられた。楽楽はたたかれて売春を強制され、12月30日に救出されるまでの約3カ月間に、楽楽が接客した回数は100回以上に及んだ。また、救出される直前の12月下旬のある日には、売春の名目で“劉潤”、“蒋軍軍”、“蘭小強”および“秦斌”の4人によって輪姦されたこともあった。とにかく、こうして楽楽に稼がせたカネを陳剛、秦星、周軍輝の3人が山分けにしていたのだった。

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「「少女売春で死刑」が一転再審の是非」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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