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メラミン混入粉ミルク事件の余波消えず

告発者は“冤罪5年”の後、娘のために再び戦う

2015年3月6日(金)

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 2015年2月26日、5年の刑期を終えて出所してから6カ月後のこの日、46歳になった“郭利”は自宅のある北京市から広東省“広州市”へ出向き、“広東省公安庁”に訴えを提出した。彼はすでに“広東省高等人民法院(高等裁判所)”に対して彼を冤罪により懲役5年の刑に陥れた乳業企業を告発しているが、数カ月を経過した今も何も回答がないという。

 広東省公安局は郭利の訴えを合法的かつ合理的なものとして受理してくれたので、最短ならば15日以内に“潮州市公安局”から回答があるはずで、郭利はこれを心待ちしている。郭利が陥れられた冤罪とは、7年前に遡るメラミン混入粉ミルク事件に関わるものだった。

発端は7年前の「メラミン混入」発覚

 北京オリンピックは2008年8月8日から24日までの17日間開催された。オリンピックを開催したことによって、中国は世界に向けて大いにその国威を発揚し、国民のナショナリズムを高揚させることに成功した。しかし、オリンピックの閉幕からわずか19日後の9月13日、中国政府は化学原料である「メラミン(C3N6H6)」が許容限度以上に混入された乳幼児用粉ミルクが市場で大量に販売されていた事実を公表し、「重大食品安全事故緊急対応」の発動を発表したことで、オリンピックに浮かれていた中国国民はお祭り気分に水を差されたのだった。

 問題の粉ミルクは、河北省に本社を置く“三鹿集団(三鹿グループ)”が生産・販売した「三鹿ブランド」の乳幼児用粉ミルクで、混入していたメラミンは国家基準の許容量(1mg/kg)を大幅に上回っていたのだった<注1>。これが中国を揺るがす大事件に発展した「メラミン混入粉ミルク事件」の発端だった。この事件は日本でも大きく報じられ、日本で1955年(昭和30年)に発生した森永ヒ素ミルク事件と対比された<注2>

<注1>事件公表前は中国には粉ミルクに含有するメラミンの許容基準は存在しなかった。1mg/kgは事件公表後の2008年10月に中国政府が急きょ臨時の国家基準として発表した許容量。

<注2>森永ヒ素ミルク事件とは、森永乳業が乳児用粉ミルクを新鮮であるように見せかけるために、猛毒のヒ素が混入した第二燐酸ソーダを添加したことにより乳児1万2000人以上が被害を受け、1年以内に131人の死者を出したもの。

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「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」のバックナンバー

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「メラミン混入粉ミルク事件の余波消えず」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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