昔から「相場は心理学の世界」と言われてきましたが、投資行動の心理学が学問として発展したのは1980〜90年代のことです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、オプション取引などの普及により、金融市場を統計学的・確率論的に合理的な世界として精緻に分析されるようになったことが影響しています。
金融市場は効率的で競争的で、伝統的な経済学が前提とする合理性が通用する世界と考えられていました。しかも金融市場には、価格など分析のためのデータが豊富にあります。ところが、そういうデータに基づいてきれいな分析をするほど、逆に「説明がつかない」現象が目につくのです。それを解明する一分野として、人間行動に焦点を当てる心理学、あるいはもう少し狭い意味での「行動ファイナンス」が関心を呼ぶようになりました。
伝統的な心理学、たとえば「認知心理学」や「社会心理学」においても、相場の中の人間行動や相場自体の動きに関する研究はありましたが、経済学は長い間、心理学の成果を受け入れませんでした。その意味で、統計学的・確率論的な金融市場の研究は、行動心理学的な市場の研究と経済学との橋渡し役になったとも言えるでしょう。
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私自身が「行動ファイナンス」に最初に触れたのは、87年10月のニューヨーク株式市場の暴落、いわゆるブラックマンデーのころです。1日に23%も株価が下落する確率は、もし市場が効率的で合理的な世界なら、人間の歴史どころか、地球の歴史から見ても限りなくゼロに近い。金融市場は本当に、経済学やオプション理論が前提とするような洗練された世界なのか--多くの研究者が、こうした疑問を突きつけられました。当時債券ディーラーだった私はアメリカに留学中の友人から、シカゴ大学で人間の投資行動に関する興味深い研究が行われていることを聞きまし た。それが、「行動ファイナンス」でした。
学問としての「行動ファイナンス」は、「経済学」を反証するかのように生まれ、「経済学」を補完する形で発展してきました。しかし、「行動ファイナンス」が「経済学」に接近し、科学として洗練されればされるほど、その研究領域は狭くなっていったきらいがあります。そのため私は、あくまで相場の実践現場にいる立場から、より広い意味での心理学に着目しています。
人間は自らの利益のために合理的に行動しているという「経済学」の前提とは異なり、生身の人間は、持っている情報は限られ、合理的な行動はなかなか貫けず、他人の行動に影響されがちです。かといって心理学は、人間の行動を「非合理的」だと見ているわけではありません。「経済学」が想定するような合理性ではないものの、ある条件の下で特有の反応をしやすいという意味での「反応合理性」を備えているのが、心理学における人間像です。 |
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心理学には、大きく分けて2つの効用があります。一つは生身の人間の行動の集合体として金融市場の動きを解明するという効用。もう一つは不確実性とリスクにさいなまれる相場の世界で、人間行動がどのように歪み、失敗しがちなのかを理解する効用です。
私は長年、欧米の金融機関でエコノミスト、為替・金利アナリストとして、経済理論に基づく予測・分析を内外の投資家や企業に提供してきました。その一方では債券トレーダーでもあり、今は投資家サイドで資産運用の仕事をしています。こうした背景もあって、私は金融市場を解釈する際、「経済学」と「行動心理学」という2つの視点を常に峻別し、活用しています。
「経済学」の視点からすると、市場は経済社会の需要と供給を集約的に突合させる仕組みであり、そこで形成される価格は世界経済の鏡でもあります。ですから、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を分析して、そこから金融資産の価値を評価し、予測しようと考えます。
「行動心理学」という視点から見ると、相場は貪欲かつ臆病な人間行動の集合体であるというとらえ方ができます。私の実感では、市場での短期的売買の勝敗は、ファンダメンタルズ分析より、テクニックとタイミング次第の面がはるかに大きい。つまりファンダメンタルズ分析が短期売買の判断の助けになるとは思えませんし、自分の売買は通常、相場の向こう側にいる多くのプレーヤーの行動を推測する独自のシステムによって決めています。その意味でもまさに市場は心理学、行動学の世界です。
もう少し具体的に言うと、市場参加者の売り持ち・買い持ちのポジションの大きさ、コスト、損益状況を、市場の値動きとの兼ね合いで推計します。市場に情報があふれ、思惑はさまざまでも、市場参加者の行動の結果は売りか買いかのポジションに集約され、それが相場の状況に応じて彼らの心理状態に影響し、さらには次の行動を制約するからです。 |
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