
CBDは、地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全し、生物資源を持続可能であるように利用することを主たる目的にする。
この条約を踏まえて日本は1995年に第一次生物多様性国家戦略を決定。2002年の新版に続き、今回、第三次に至った。この中で生物多様性にかかわる課題として「3つの危機」を挙げている。すなわち「開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生息地の減少」「里地・里山などの手入れ不足による自然の質の変化」「外来種などの持ち込みによる生態系の攪乱」である。
さらに第三次では地球温暖化が生物多様性にいかに影響するかを強調した点に新たな動きを感じる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC) が2007年に報告したところによると、地球の平均気温の上昇が1.5〜2.0oCを超えると、生存リスクが要ウオッチの動植物のうち20〜30%が絶滅に瀕する可能性が高い。生物多様性の問題は地球温暖化とオーバーラップしていることを心に留めておくべきだろう。
しかし日本の企業は生物多様性への取り組みを看過してきたわけではない。環境報告書(あるいはCSRリポート、サステナビリティリポート)を毎年発行する企業の8割近くは、自然保護、生物多様性にかかわる活動を報告書に記載している。飛び抜けて高い美化・清掃は道路や事業所周辺の清掃まで含まれると思われるため別にして、生物多様性に直接つながる活動としては、緑化・ビオトープ、里山・森林の保全再生、野生生物の保全などが目につく。しかし、それぞれ件数としては目立つ規模ではない。環境省が第三次国家戦略で企業の一層の取り組みを促したのは、こうした実態と無関係ではなかろう。
生物多様性問題に詳しい足立直樹氏(レスポンスアビリティ代表取締役社長)は、企業が生物多様性に取り組む際の留意点を挙げる。「生物多様性は、珍しい動植物を保護することといった誤解が多い。希少な生物も、身近にいるありふれた生物も同じようにどれも重要、このあたりをもっと認識すべき」と指摘する。
さらに「先進国の中で日本は多様な生物が生息する豊かな自然と文化に恵まれてきたが、そのありがたさに気づかなかった。身近にある(日本に特有の)里地・里山はある程度人の手が入ることで常にリフレッシュされるのに、里地・里山が放置される過程で別の生態系になっていった」と分析する。
企業は生物多様性に関し、これまでどのような活動を行い、これからどのように進めようとしているのか代表的な事例を見ていこう。

「森林生態系保全プロジェクト」を推進しているリコーは「地球環境に対する人間社会の影響(負荷)は、地球環境が吸収し、もたらしてくれる“恵み”の枠の中に抑えなければいけない」と考える。現在、人間社会の影響は、“恵み”の1.2〜1.4倍を上回る。リコーは2050年にこれを1.0以下、すなわち人間社会の影響を“恵み”の範囲内に収める目標を掲げ、環境への負荷を減らすと同時に、回復を後押しし“恵み”を増やす活動を実施している。
「生物がただ“存在する”だけでなく、人間との間で資源やエネルギーのやりとりを行う。どの企業もこの恩恵なしでは存続し得ない」とリコーの専門家は語る。
具体的な活動は2008年1月現在、国内で2件(長野・沖縄県)、海外で6件(スリランカ、フィリピン、マレーシア、ガーナ、ロシア、中国)のプロジェクトが進行中。単なる植林活動とは異なり、それぞれに固有の生物種の生息域の維持・回復に加え、地域住民とのパートナーシップに重点を置く。
国際環境NGOコンサベーション・インターナショナルとの協業で2002年から「ガーナ・熱帯雨林回復プロジェクト」を始めた。日陰で育つカカオを利用した持続可能な森林農業によって、人と生物が共生できる森の復元を実現した(写真1)

NECは全社員が環境に対して高い意識をもつ「エコ・エクセレンス」という目標を掲げた。
2004年度から始めた「NEC 田んぼづくりプロジェクト」は社員の環境意識を高揚させた好例である。これはNPO 法人アサザ基金が推進する霞ヶ浦流域の水質浄化を検証する「谷津田再生事業」との協業によるもの。従業員の環境への意識啓発の場を提供したい同社と、地域のネットワークを活用した自然再生型の公共事業を推進するパートナーを探していたアサザ基金との“出会い”があった。
この事業は、水源とともに長く放置された谷津田(4400m2)で稲作を行うことで、失われていた水の浄化機能を再生しようという試みである。「水を中心にした環境改善により生物多様性の保全効果が確認された。
NECでは、田植え、草取り、稲刈り、脱穀などの活動をベースとして、現地での宿泊を含む自然学校、種まきや藁綯(わらない)といった達人コースを企画し、2008 年1月までに約3900 人の社員(家族)が参加した(写真2)。
SATOYAMA(里山)再生に企業・社員が参加したケースは珍しい。
現地では生物多様性の尺度とされるニホンアカガエルの卵塊が2005 年春には2個確認されただけだったが、谷津田の再生に伴い2007 年春には423 個が確認された。鳥類は2003 年度の12 科13 種から2006年度には20科34種に、トンボ類は2005年度の19種から25種に、など生物多様性の増大が認められた。
収穫された米は地元の酒蔵でNECブランドの日本酒『愛酊で笑呼』(ITでエコ)となる。「モノづくりの会社として、酒というモノ=成果物にこだわった」という。
環境省はこのほど里地・里山の保全活動を支援する情報サイト「里なび」(http://www.satonavi.go.jp/)を立ち上げたが、NEC の事例は企業、NPO、市民団体に里山再生への参画に目を向けさせる呼び水になるだろう。

住友林業の場合は、生物多様性が森林管理という社業に直接かかわる。
2007年6月に公表した『木材調達理念・方針』の基本方針には、「生物多様性や森林と共存する地域の文化、伝統、経済を尊重します」などが盛り込まれ、「認証された木材の取り扱いを推進する」などの行動原則が謳われた。
「認証された木材」は、日本独自の森林認証である「緑の循環」認証会議(SGEC)などを始めとする森林認証を指す。同社ではSGECの積極的な取得を進めており、2006年10月、国内社有林約4万ヘクタールのSGEC森林認証を取得。
森林の適切な管理は生物多様性と相即不離の関係にある。同社が2006年に、生物多様性保全に関する基本方針を定めて森林経営を行っているのはこのためだ。
具体的には、生物多様性に負担がかからないように、皆伐作業の場合もその面積を限定する小面積皆伐を採用。また、国産材の積極活用を進めており、木を植え育て健全な森を育てる本業が、生物多様性の保全など森を守ることにつながる。
また、全国の社有林では、各都道府県が公表している情報をもとに希少動植物の資料を収集し、同社独自のレッドデータブックを整備。これを活用して、現地に専門家を招き動植物の取り扱いに関する研修会を開いて情報共有を徹底している。さらに生物多様性が豊かな水辺林の保全方法についても現在調査中である。
生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)が2010年に日本で開催される予定だ。COP10をリードする立場として日本は第三次国家戦略で成果を上げなければならない。実行プランには「企業活動ガイドラインの作成」が盛り込まれており、国から企業への働きかけも活発化するものとみられる。
一方、企業間でも独自に生物多様性に関するネットワークづくりが進んでおり、この4月にも正式発足となる。先進的な取り組みから得られたノウハウを共有し、「生物多様性に取り組んでみたいがどのようにしたらよいかわからない」「1社だけでは難しく企業群としてやりたい」「NPO/NGOと連携したいがどのようにしたらよいのか」といった声に応える情報交流の場となる。
生物多様性に関する企業活動ガイドラインは企業のビジネスに有形無形の影響を与えるだろう。環境省は生物多様性に配慮した食品や木材製品の選択的購入と活動ガイドラインを連動させる提案を示す考えだ。生物多様性は単なるCSR のテーマとしてだけでなく、ビジネスを左右する要素になる。