「キリン・ザ・ゴールド」が売れに売れている。3月20日の発売からわずか10日で160万ケース(大びん換算)を販売し、2007年第1四半期(1月〜3月)のビール系飲料出荷量でキリンビールが首位を奪回する大きな原動力になった。

「2007年のキリンビールの創立100周年を機に次の100年に向けたビール定番ブランドを開発するよう命じられたのは2005年3月のことでした」とマーケティング部商品開発研究所新商品開発グループの和田徹氏は振り返る。和田氏は同じ新商品開発グループの門田邦彦氏と二人三脚で、「キリン・ザ・ゴールド」の開発をリードした。
「新商品のコンセプトづくりに際して最も重視したのは、他のブランドとの比較や競合など現在の市場動向に合わせた思考を避け、絶対的なものをつくり出すことへのこだわりでした。100年もつブランドを開発するには、まずビールの本質を見極めねばなりません。ビール本来の魅力とは何か、ビールづくりにおけるキリンの美学とは何かを含め徹底的に考え抜くことから始めました。未来に向けて絶対的に正しいホンモノと思えるコンセプトを見つけることが結果的に新しいビール市場を創造すると考えたのです」と和田氏は語る。
開発者の思い込みを避けるために同時に取り組んだのが、多くの人々に「夢のビール」について聞く“ヒアリングマラソン”だ。社内で経営陣や各層の社員などを対象にインタビューする一方、国内の地ビール業者や海外の業者からも広く意見を集めた。
「このような経緯を経て開発の方向が見えてきました。それはビール本来の味とは何かを絞り込んでいくことであり、具体的にはピルスナーの原点の魅力を探ることでした」と和田氏は言う。
ビールの歴史は5〜6000年に及ぶといわれているが、その歴史を変えたのが19世紀にチェコのピルゼン地方で誕生したピルスナーだ。日本のビールはほとんどがピルスナータイプで、世界でも約90%がこのタイプといわれる。発祥の地であるチェコは人口一人当たりのビール消費量が世界一であるビールの本場。2人はヒントを求めてチェコに出かけ、そのビールのおいしさを確認した。

「現地で飲んだ樽出しビールは、言葉にできないくらい衝撃的なおいしさでした。ピルスナーであのような味を経験したのは初めてでした」と門田氏はその驚きを語る。
「チェコのビールには麦芽のうまみと苦味が絶妙に調和し、飲み飽きないうまさがあります。近年、日本のビールは爽快さやキレに力点が置かれ、味わいや苦味はあまり重要視されていません。それでは最初の一杯はうまいと思っても何杯も飲めませんし、ビールの原点からも遠ざかりつつあります。チェコのビールを参考に当社の醸造技術を結集すれば世界一のビールができるのではないかという確信を持って帰ってきました」と和田氏。
こうしてチェコビールの素材を使い新商品を開発するという方向は決まったが、実際に「夢のビール」をつくるには多くの難問があった。「例えば、チェコの麦芽とホップは日本の効率的な生産システムに乗せにくいという問題に直面しました。また、チェコの麦芽はうまみではズバ抜けていますが、発酵性が良くないなどの欠点があります。対処すべき課題が山積みの状態でした」と和田氏は振り返る。
これら課題克服のため、開発体制を大幅に強化。従来の新商品開発では2〜3人の醸造技術者で対応してきたが、今回は中長期の研究開発を行っている醸造研究所の醸造技術者27人を動員して6つのチームを結成し、「やれることはすべてやる」を合い言葉に素材や製法などビールづくりを一から見直すことにした。2006年1月のことだ。
6つのチームは、ビール本来のうまみを実現するための麦芽を選ぶ「麦芽のうまみ」、穏やかな苦味をつくる「おいしい苦味」、ビールの魂といわれる酵母を選ぶ「新酵母」、できたてのおいしさを維持するための「鮮度」、きめ細かい泡をつくる「クリーミーな泡」、飲み飽きないうまさを追求する「バイタートリンケン」といったプロジェクトチームだ。

この6チームがそれぞれの課題に取り組んだ結果、うまみたっぷりのチェコ産麦芽と世界的に評価の高いチェコ・ザーツ産のファインアロマホップを自然発酵させた後熟ホップを原料として採用した。酵母はキリンが保有する460株の中から新たに選んだ。こうして同商品は、飲み飽きないという新しいおいしさ「隠し苦味」を最大の特徴に、オールモルトピルスナーとして誕生したのである。
同商品の発売に先駆けて、2人は営業担当を対象とする商品説明会を全国の支社で開催した。「全営業部隊に開発者と同じ気持ちになってもらうために、開発者が語り部になりました。われわれが2年の開発期間中に考え実行してきたことを詳しくお話しました。これによって、営業部隊が開発者の思いと熱意を共有することになり、それがお得意先の方々に通じて驚異的なスタートダッシュにつながりました」と門田氏は強調する。
ここ数年、発泡酒、新ジャンル(第三のビール)やプレミアムビールに注目が集まってきたが、同商品の爆発的な売れ行きは、「一番搾り」以来、17年ぶりのレギュラー価格帯ビール復権の兆しとなる可能性がある。
「繰り返しになりますが、成功のベースは競合を気にせず、自分たちが絶対的に正しいと思うことを追求したことです。その結果、この商品にはお客様が驚くくらい、従来のビールとは大きな違いがあります。その新しいおいしさがもっと評価され、ビール市場がさらに活性化すればいいですね」と和田氏は話す。