
ギリシア神話に登場する女神アフロディテの姿を表した「ミロのヴィーナス」。その彫像を3次元レーザー計測により、立体的なデジタル情報として記録・保存するプロジェクトがルーヴル美術館の協力で実現した。作品に指一本触れることなく、複雑に波打つ頭髪から優美なボディーライン、布のドレープに至るまでを正確に測量する――。この挑戦を可能にしたのが、コニカミノルタの高精度非接触3次元デジタイザだった。


レーザー計測で取得された点群データによって
現れたミロのヴィーナスの姿
ミロのヴィーナスを、正確に誰がいつ制作したのかは、今も謎に包まれている。失われた両腕は、鏡を携えていたとも、軍神アレスに寄り添っていたとも言われ論争さえ招いた。人々をにしてやまない美神は今日、ルーヴル美術館の古代ギリシア美術展示室にひっそりとたたずむ。
だが普仏戦争、第1次世界大戦と戦火をくぐり抜けてきた彫像の優美さを、時の流れは容赦なくむしばむ。
そこで始まったのが、コニカミノルタの最先端のレーザー計測技術により、3次元デジタルアーカイブとして保存するプロジェクトだ。ルーヴル美術館も協力を惜しまなかった。
計測を行ったのは、新薬師寺の大将立像など数多くの文化遺産のコンピューターグラフィックス(CG)化で知られるキャドセンター(本社・東京)。2005年6月、美術館の改修工事の合間を縫って、作業チームが現地入り。足場を組み、コニカミノルタ製の3次元デジタイザをセットした。
被写体との距離情報を得る原理は、カメラのピント合わせなどに使われる三角測距法だ。スリット状のレーザー光で入力対象をスキャンし、その反射光をCCDカメラで受光して距離をはじき出す。2日間という限られた時間で、像の前後左右、頭部から足元の台座まで、ほぼ360度、合計約300カットを計測し、位置情報をXYZ座標データとして日本に持ち帰った。
断片的に撮影されたデータは、正確な位置合わせを行いながらパズルのように組み合わされ、やがて一体の像として形づくられる。表面の質感は、デジタル一眼レフにより撮影した画像を用いて詳細に再現した。
精緻なCG画像として再現され、永遠の美しさをまとったヴィーナス像は、日本各地の展覧会などで公開。1964年以来、2度目となる今回の“来日”もまた、見る人に新鮮な感動を与えた。点群データにより浮かび上がったヴィーナスの姿は、今までにない美と評され、3次元化されたことで実像を見ても分かりにくい衣服のひだが顕在化した。これまで知り得なかったヴィーナスの魅力をひもとくことで、新たな発見への夢も膨らむ。

形状を3次元データとして様々な角度からレーザーを当てて取得。計測データ処理を行いポリゴンを作成する。
テクスチャーデータで表面の質感を出したものが下段右端のもの

このような3次元デジタルアーカイブ化の取り組みにクリエーターとしての立場から長年注目しているのが、杉山知之氏。数多くのクリエーターを輩出してきたデジタルハリウッド学校長ならびにデジタルハリウッド大学・大学院学長だ。

1954年東京都生まれ。
工学博士。デジタルハリウッド大学・大学院学長
「3次元デジタイザも、ここまで高精度かつコンパクトになったのかと驚いた。作品を強調するために施された、視覚的なトリックや制作上の技法といったものは、対象のミニチュア化や違う角度からの俯瞰を通じて初めて見つかることがある。2000年以上も前に先達が残した作品から学生がそれを吸収し、表現の幅を広げていく意義は大きい」と身を乗り出す。「芸術と科学は表裏一体。対極にあると思われがちだが、芸術表現には常にその時代におけるトップの技術が投入されてきた。今も昔も、表現とハイテクの2つを結びつける存在がクリエーターだ。日本の誇る技術力は、世界を惹きつける我が国の独自文化には欠かせない」。
そして3次元デジタイザの使い道には大きな可能性があると指摘する。「立体物の保存には、物理的な制限があるが、デジタルにすれば残せる。例えば子供がつくったものや、あるいは子供自身をスキャンし、その成長過程をデータにすることもできる。デジカメのように手頃になり、一家に1台の時代がくれば、新たなカルチャーが、コンシューマー主導で花開く可能性もある」。
普段目にしている物事の新たな側面を気づかせてくれるのがデジタル技術だろう。愛の女神もそうささやいているように見える。
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