

資生堂は3月2日、北京展覧館劇場で中国専用ブランド「AUPRES(オプレ)」(中国語で欧珀
〈オポライ〉)の全面リニューアルのイベントを行った。製品発表会は新CMを歌い上げる中国の男性デュオ・羽泉(ユー・チュエン)とのスペシャルライブと2部構成になっており、会場には約2300人が詰めかけた。
資生堂の挨拶として資生堂麗源化粧品有限公司(SLC)浅井俊行総経理は次のように述べた。「現在、中国の女性は社会・経済の急速な発展を見るかのように日々美しく進化し、高い美意識を持つまでに至っています。27年前、資生堂グループは事業をスタートさせて以来、一貫して中国女性に向け、美しさ実現のためのサポートを行ってきました。これからも多様な価値観を持った中国女性に、これまで同様さらに美しくなってもらうためのご提案やサポートを行っていきたいと思っています。そんな思いを込めて2008年春、オプレは生まれ変わります」。
「Blooming Night
放之夜」と題された新オプレ発表会だが、オプレのコンセプトは、中国女性一人ひとりが持つ内なる美のエネルギーを、オプレで「開花させる」。新しくブランドメッセンジャーとなったのは、爽やかなイメージで中国全土において高い人気の女優・孫儷(スン・リー)。テレビCMでは羽泉が新オプレ用に作詞したカバー楽曲が流れる。資生堂は化粧品業界では中国初の音楽タイアップを活用した大々的なキャンペーンを展開する。


オプレの歴史は、まさに中国女性の化粧品に対する意識の歴史と言っても過言ではない。オプレは資生堂と中国の化粧品会社・麗源との合弁会社、SLCによって1994年に中国専用ブランドとして誕生した。それまで資生堂は、海外で1つの国のための専用ブランドを立ち上げたことはなかったが、中国は市場の将来性の高さとともに、独特の化粧品市場特性があったため、現地生産・専用ブランドという戦略が取られた。SLCの永井良規本部長が当時を振り返る。「国産品と海外ブランドには価格面、品質面で大きな差があった。資生堂は最新技術と中国女性の研究、現地生産でその間をターゲットにした。単なるプレステージではなく、少し手を伸ばせば届く憧れ、そのポジショニングが現在のオプレを作った」。その後、オプレは中国全土の女性に愛用され2004年開催のアテネオリンピック中国選手団の公式化粧品に認定された。SLCは中国資本との合弁、かつ現地生産である。とはいえ日本の資生堂が作ったオプレが、認定化粧品になったのは、中国において認知され国民的ブランドとなった何よりの証しだ。
そして、今回新しく発売されるのが、抗老化機能を持った「オプレ・タイムロック」、美白機能を持った「オプレ・ホワイトニング」。このほか、日中用プロテクター「オプレ・マルチエフェクティブ・プロテクター」と専用コットン「オプレ・コットン」を加えた全10品目22品種だ。「現行オプレの売り上げは順調に推移していたが、1店舗当たりの伸び率が鈍化傾向にある。2000年代以降、輸入品の増加や情報流入による美容意識の高まりに対し、存在感の希薄化、ギャップが出てきたのではないか」と資生堂の高森竜臣執行役員はオプレ刷新の根拠を語る。
2008年の北京オリンピックを契機に資生堂はオプレの“イノベーション”を図る。商品、カウンター、応対、コミュニケーションのすべてを一新して「オプレピンク」のブランドカラーで統一した新生オプレへと生まれ変わる。
新オプレのスキンケアは肌の持つ活力により内側から生まれ変わらせるというコンセプトに基づき、独自の新技術を投入している。表皮のターンオーバーサイクルを整え維持する新スキンケア成分「インナーフォースコンプレックス」を配合。また「角層育成成分」、さらに湿度によってセンサー的に働く「モイスチャーセンサー保湿成分」を配合し肌の潤いを守る。「中国女性は特に肌の美しさを重視する傾向にあります」と、中国市場の研究を行う資生堂研究開発中心有限公司の中沢陽介所長は認識するが、肌自体の力を触発するという発想が中国女性の心をつかむ。
また、全カウンターに肌診断機器「オプレスキンアナライザー」を導入し、美肌の効果を店頭で伝え、カウンセリングをフォロー。ビューティーコンサルタントの教育を強化し、人事評価にも再来店率を取り入れる。


資生堂の中国事業は、1981年に輸入商社と組み、日本から完成品を輸出。北京飯店、友誼商店で外国人向け商品としての小売りからスタートした。その後1983年に北京市の要請を受け、北京軽工業局に対し技術供与を行い、資生堂が品質を保証する形でヘアケア製品のブランド、「
姿(ファーツー)」を立ち上げた。輸出販売、現地への技術移転を続けた後、1991年に直接投資を開始。資生堂65%の合弁会社・資生堂麗源化粧品有限公司(SLC)を設立した。
SLCは、日本からの輸入品販売から始まったが、1994年にオプレを開発し生産。販売もSLCが業者を挟まず全国のデパートに卸した。
2001年には日系企業で中国初の100%出資の化粧品研究所・資生堂研究開発中心有限公司を設立。設立当初はSLCの社屋内で運営する形だったが、2005年に地上3階地下1階の社屋を建設し、研究員の数も拡大。中国女性の嗜好、地域・気候ごとの研究を行い、本社にフィードバックする機能を担った。中国で販売する商品をより良くし、また中医学の中から化粧品に適用できるシーズを探す。日本や海外で販売する商品にも応用され、実際に2004年、日本で発売した「シノアドア」の開発に生かされた。


2003年、資生堂の100%子会社の資生堂中国投資有限公司(SCH)を上海に設立。資生堂グループのリージョナルヘッドクオーターとして、中国国内各事業のバックアップを目的に作られた。持ち株会社として中国本社の役割を担う一方で、専門店事業の立ち上げがSCHのもう1つの大きな役割だった。販売ルートの革新ともとらえられる専門店事業は以後、中国事業全体の躍進へとつながっていく。
SLCではデパートチャネルのみに向けての販売だったが、中国の化粧品需要が広がる中で、全国的な市場調査の結果、オプレを扱うデパートがない人口50万〜100万人の都市でも資生堂商品の需要があることが明らかになった。デパート以外に高級化粧品を扱えるチャネルとしては、街中にある一般化粧品店が考えられた。
もともと資生堂はチェーンストア制度により小売店を組織化し、事業を拡大させた歴史がある。この事業形態を中国に適用、SCHによる専門店事業が開始する運びとなった。各店に店番号がついた資生堂の認証看板を掲げる方式を取り、また正規販売店リストの地方新聞での告知なども行っている。
デパート市場でカバーできない地域を想定している理由から、北京・上海・重慶以外の地域で展開。2006年にはこのチャネル専用に、オプレに続く2つ目の中国専用ブランド「urara(ウララ)」(中国語で悠
(ヨウライ)を発売開始。2004年に専門店事業が開始して、現在(2007年度末時点)約2500店。毎年1000店近いペースで店数を増やしている。
そのほか、化粧品専門店以外にもドラッグストア、大型スーパーマーケットといった新しいオープンチャネルにもSCHは商品を投入している。今後も中国の経済発展に伴い、業態はさらに拡大・細分化されるだろう。
チャネルごとのブランドマーケティングを原則としR&Dから生産販売まで計6社、従業員数8000名という規模に資生堂は中国事業を発展させた。2008年4月から始まる次期3カ年においても、さらなる事業規模拡大と質向上の両立を資生堂は目指す。

資生堂の社名が中国に由来するとか。
高森 中国の古典『易経』の中の一節「至哉坤元 万物資生(大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものはここから生まれる)」からいただいております。また、1981年の中国進出以来、今日まで「育てていただいている」のも事実です。この2点を背景に、中国でのビジネスはいわば「ご恩返し」のつもりで取り組んでいます。
新3カ年計画で力を入れたいのは?
高森 人材育成ですね。この4月には上海で研修センターを立ち上げます。ここでは店頭販売員はもちろん、幹部養成のためのマネジメント研修やコンプライアンスのあり方も含めた研修を予定しており、日本で行っているメニューはすべて盛り込みます。これに先立ち、1998年以来そのままだった基幹インフラを全面的に見直し、1月から中国での人事体系を改め、職務給制度を導入しました。例えば、部長職に必要なスキルや知識を盛り込んだカリキュラムをあらかじめ設定しておき、これをクリアできれば部長に昇進できる、というような仕組みです。人事の透明性と公平性の確保も実現できます。
CSRにも力を入れていますね。
高森 資生堂は、進出した国で善き企業市民として尊敬されることを目指し活動しています。中国においても「中国に根ざした尊敬される企業になりたい」との大義を掲げています。その一環で、中国女性の皆さんが美しくなっていただくお手伝いとして、2004年から積極的な美容普及活動を行い、「女性が集まるところ」なら中国全土へ出向いております。一方、3月末からは、植林活動を展開しています。「資生堂集団植林基地」、すなわち中国の資生堂グループ全体で取り組み、求心力を高める効果も期待できます。さらに、資生堂社名ゆかりの地の小学校建設に協賛、「資生堂集団希望小学校」ができることになっています。
根幹であるデパート事業に加え、化粧品専門店事業も順調です。
高森 新たな課題もあります。日本の化粧品専門店では資生堂が一部のお店に対してビューティーコンサルタントを派遣し、スキンケアやメーキャップのカウンセリングを行っています。しかし中国の化粧品専門店では販売もカウンセリングもお店の人が行うため、販売優先になりがちです。正しいお手入れの仕方の説明など、ソフト価値の提供も今後重要になると考えています。
1994年発売のオプレを14年ぶりに一新しましたね。
高森 近年中国のデパート市場では輸入品ブランドの参入も多く、競争が激化しています。オプレは中国女性のために開発された現地生産品です。輸入ブランドに対し、失いかけていた自社製品へのプライドを立て直すことがブランド一新の動機の1つです。売り上げが落ちてきてからではなく、オプレが拡大成長を続けている今、イノベーションを達成できたことは大変意義深いことです。納得してお買い求めいただき、末永くご愛顧いただくためには中国のお客さまのニーズを知り、文化を理解し、最高の品質とサービスを提供し続けるしかないのです。その点、資生堂はオプレ、ウララという、中国専用の、しかも支持されたブランドを2つも持っています。さらにこれらのブランド価値を高め、1人でも多くの資生堂愛用者を作っていきたいと思います。
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