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この国の教育は「理不尽」に満ちている

『「学力」の経済学』/『保育園教育義務化』

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2015年8月26日(水)

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私が編集した本読んで下さい!
「学力」の経済学』中室牧子著(ディスカヴァー・トウェンティワン) 担当:ディスカヴァー・トウェンティワン編集部 井上慎平

教育は「一億総なんちゃって評論家」状態

 想像してみてください。
 もしも、日本の財政政策を決める会議で、

「私の経験によると…もう少し公共事業を増やせば、景気がよくなるはずだ!」

 と、門外漢の文部科学省の大臣が発言したら、あなたはどう思いますか?

「おいおい、何の根拠があってそんなことを言うんだ」
「そもそも、あんたの専門じゃないだろう。適当なことを言うんじゃないよ」

 多くの人は、そんな感想を持つのではないでしょうか。
 しかし、驚くべきことに、日本の教育の世界では、それにかなり近いことが起こってしまっているのです。

 経済財政諮問会議での議事録では、ひとたび教育再生の話題になったとたん、財務大臣や経済再生担当大臣など、およそ教育の専門家ではない人までも次々に
「私の経験によると…」

と持論を展開しはじめています。

 編集者である私は決して教育の専門家ではありませんが、この話をはじめて聞いたとき、その理不尽さに、なんともやるせない気持ちになりました。

 なぜ、こんな不思議なことが起こるのか?
 理由はふたつあります。まず、教育は誰しもが必ず受けた「自分ごと」であるということ。

 「どんな財政政策がいい財政政策だと思いますか?」と訊かれれば「よくわかんないです」と答える人も、「どんな教育がいい教育だと思いますか?」と訊かれれば、「詰め込み型の教育はやはりよくないですね」と、自分なりの「仮説」を語り出す。

 そして、もうひとつの理由こそが、この問題を致命的なものにしています。こうしたそれぞれの「仮説」に対して、今まで、日本はほとんど何の客観的検証もしてこなかったのです。ゆとり教育がその代表ですが、「これからはゆとりだ!」と全国で一斉に導入し、「やっぱり違ったね」と全国で一斉に廃止する。

 一斉に行うから、「導入された子ども」と「導入されなかった子ども」を比較することもできず、結局何がよくて何が悪かったのかわからないまま、まるで流行を追うかのように次の政策へと移行する…そんなことが繰り返されてしまっています。

「子どもの目がキラキラしていました」の検証不可能性

 仮説と検証を行うには、まず適切な指標を設定し、定量的な数字から判断することが不可欠です。これは、ビジネスの現場に立つ人からすれば、今さら説明する必要もないほど、「当たり前すぎること」かもしれません。

 しかし、教育の現場でたびたび目にする「子どもの目がキラキラしている」「学校が活気にあふれている」などの定性的な指標は、そういう意味では、もっとも検証から遠いものでしょう。これがビジネスの現場なら、「どうやってキラキラしているかを判断するんだ! 言ってみろ!」と上司に詰め寄られること必至です。

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