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「自殺しようかと思うぐらい悩んだ。それぐらい差別というのはつらい」

孫正義インタビュー(3)

2015年7月17日(金)

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 ソフトバンクの孫正義社長は、在日韓国人という生い立ちから差別を受け続けてきた。幼少期は実生活で攻撃を受け、幼稚園時代には日本人の子供から「朝鮮人!」とののしられ、投げつけられた石で頭から血を流すこともあった。今でもネット上などで罵詈雑言を浴びせられ続けている。

 著書「孫正義の焦燥」では経営論に絞るために最低限の記述にとどめたが、孫社長は筆者のインタビューで差別についても語っている。後半で言及する「希望の光」や「ジャパニーズヒーロー」という考え方は、孫社長の事業意欲の源泉でもある。

孫という名字を名乗った経緯を改めてお話いただけますか。

(写真=的野 弘路)

孫正義:僕はね、16歳でアメリカに渡るまでは安本正義だった。安本というのは日本の名字だった。

 アメリカから戻ってきて会社を創業していく時に、うちの親戚一同が使っている「安本」という日本の名字と先祖代々の「孫」という名字の2つの選択肢があった。

 パスポートの本名だとか外国人登緑証の本名の中に孫って書いてある。通名というのは安本と書いてある。

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「「自殺しようかと思うぐらい悩んだ。それぐらい差別というのはつらい」」の著者

大西 孝弘

大西 孝弘(おおにし・たかひろ)

日経ビジネス記者

1976年横浜市生まれ。「日経エコロジー」「日経ビジネス」で自動車など製造業、ゴミ、資源、エネルギー関連を取材。2011年から日本経済新聞証券部で化学と通信業界を担当。2016年10月から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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